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四十三話「理解不能、ただそれでも」

「くそっ」

 とっさのことだった。うまくできたかはわからない。少女と魔物との間に俺は罠を喚び出した。本来退路を絶ったり獲物を押し潰すためにせり出す壁が起動できたかどうかも、少女の頭が視界を遮り目では確認できなかった。

「何で、前世の名前を――」

 それに何で魔物が爆発するとわかった。振り返ってみれば崖に行こうと促した時から様子はおかしかった。だが、そんなことなどどうでもいい。

「マイ」

 久しぶりに少女の名を呼ぶ。ユウキから俺のことを好きだと知らされて、再会した時の手遅れっぷりもあって、敢えて呼ぶのを俺は避けていた、だけど。

「マイ」

 返事をして欲しかった。俺を庇った背中がどうなっているのかを確認するのが怖い。急いで精霊治療師エレメントヒーラーのカルマンさんに診せないとと頭の中で自分が喚く。こういう時、回復職でないことが口惜しい。

「何で俺なんて庇うんだよ。防具もつけてないんだから、自分のことを第一に考えろよ」

 返事がない苛立ちと恐怖で心無い非難が口から出る。頭の中はぐしゃぐしゃだが、それでも回復薬を入れた場所を思い出そうと記憶の引き出しを手当たり次第にひっくり返す。

「確か」

 思い出せたのは一番高価い非常用の最高級ポーション。

「高価? そんなの知ったことじゃない!」

 こんな時に使わなくてどうするんだ。俺は片手で乱暴に瓶を取り出すと、もう一方の手で少女の身体を支えたまま親指の力で強引に栓を開け、おおよその見当で中身を少女の頭と背中に振りかける。

「ねぇ、返事をしてよ! なんで黙ってるんだよ!」

 ポーションをかけたのだ。染みて、呻くなり悲鳴を上げたっていいはずなのに。

「っ」

 思い出す、思い出してしまう。急に連絡がつかなくなって、ゲーム内のメールを何通出しても返事がなくて、前の住所を訪ねても引っ越していて、ようやく探し当てたと思ったらすでにこの世の人ではなかった前世の幼馴染を。似ても似つかない、それなのに思い出してしまうのは、そうだ。

「ごめんね、智くん」

 彼女が幼馴染と同じ呼び方で俺を呼び、謝ったから。両親は智樹と呼ぶし、友人は苗字で呼んだ。ユウキやアイリスさんもそうは呼ばない。なら、彼女は何故そう呼ぶのか。

「わからない」

 わかりたくない。認めない。認めたくない。そもそもそんなことを考えてる場合ですらない。

「そうだ、治療だ。カルマンさんのところに連れて行かないと」

 こんなところに横たわっていてもどうしようもない。少女の身体を抱えながら起き上がり。

「そう言う訳だから、運ぶよ? 変なところ触っても文句言うなよ?」

 この少女の言動を鑑みるに、自分からお願いしますと言いだすこともありうる。いや、触られることを期待して黙っているんだとしても、今回は許そう。

「何だかんだで結局庇ってもらったわけだし。『お礼にいうことを聞いてあげる』ってのはサービスしすぎかな?」

 なんでも言うことを聞くとまでは言ってないし、縛ってほしいとか罵られたいとかちょっとどころではなく酷いリクエストだったとしても検討はしよう。

「はぁ……ここまで譲歩してるんだからさ」

 何とか言ってほしい。俺はそんなに気の長い方じゃないから。

「そう、例えば――」

 ふざけた答えだ。ふざけた答えでいい。それに俺がツッコミを入れて、この少女はMっぽいところがあるし、ツッコミに喜んで、俺は少女の手遅れ加減に頭を抱える。

「そんな、そんなコントみたいなやり取りでいいのにっ」

 奥歯をかみしめ、少女を抱えぬ方の手を強く握りしめた。だが、少女は何も答えない。答えてくれない。

「これが『何をしてもらおうか本気で考えてる』とかだったら流石に俺も怒るけど」

 そうであってくれと絞り出すように言葉を吐く自分が心の中にいる。

「ねぇ」

 返事はない。だが、俺は声をかけ続けた。けが人に声をかけ続けて意識を繋ぎとめるとか意識の回復を図るという話を聞いたことがあったから。

「もう少しだよ。もう少しだからね」

 声をかけ続けながら空き家へ向けてきた道を引き返す。大丈夫と自分自身にも言い聞かせながら。


少女の名前が空白だったのは仕様でした。

せっかくだから読者様に決めていただくのも良いかなと思いまして名前を募集しておりましたが、名前も決定、差し替えも完了しました。


ただし、名前募集したからって少女が生きてるとは明言してないんだからねっ!

(死んでいるとも言ってない)


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