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四十二話裏「前」

「ヘイル様っ」


 気が付いた時には身体が動いていました。ですが、悔いはないと、悔いはないと思いたいのに。


「ごめんね、智くん」


 私はわかってしまった。固有技能と呼ばれている特殊な力に目覚め、前世(まえ)を完全に思い出したが故に。


 前世の自分(わたし)には異性の幼馴染みが居た。近所には他に同年代の子供が居らず、何をするのも一緒で、小さい頃は人に憚ることなく智くんのお嫁さんになるのと公言して大人達から生温かい目で見られていた。だけど、前世で子供の頃の自分は、人は大人になれば結婚するのが当たり前と考えていて、自分の言葉が真実になると疑っていなかった。


 何年か経ち、現実を幾らか知り、進学を理由に地元を離れる事になっても、二人の関係は壊れないと思っていた。勉強や部活動、進学先で新しくできた友人達との交流、実家に戻ってくるのは大きな連休か夏休み、冬休みだけになっても、その時には顔を合わせるし、会話もするから大丈夫だと慢心していた。


「私が進学のため実家を離れたのだから、智くんが実家を離れることだって充分に考えられたのに」


 地元を離れる相談された時、衝撃が大きすぎて自分でもなんと言ったか覚えていない。覚えているのは、「今でも好きです」と打ち明けようか迷い、結局言わずじまいに終わった後悔だけ。その苦い後悔が幼馴染みへの次の連絡を躊躇わせ。年賀状は出していたがそれも幼馴染み側の喪中で途切れ。


「あ、これ……智くんの好きだったゲーム」


 たまたま見かけた一つのゲームが自然消滅に近い形で連絡を取らなくなった幼馴染みとの縁を再び結びつけた。幼い頃、プレイしているのを隣で見ていたゲームのシリーズのオンラインバージョン。小学生だった頃はヒロインや仲間の一人によく前世の自分(わたし)の名前やあだ名を入れてくれていたから悪者を倒す冒険の旅を眺めている時、自分も一緒に旅をする気になったものだ。


「確か……」


 記憶を頼りに過去作のヒロインに自分の操るキャラクターの容姿を似せ、名前もあの時幼馴染みが入れた名前のまま。キャラクターのプロフィールには幼い頃の幼馴染みが語ったキャラの設定を乗せ。


「ピンポイントな黒歴史だったし、まさかと思うけど――さん?」

「うん」


 世間は思ったより狭いと言うべきか、彼の好きなゲームだったから、なるべくしてなったと言うべきか、私達はオンラインゲームで再開を果たした。この手のゲームでリアルを持ち込むのはタブーだと記憶しているけれど、リアルの名で呼び合うのも会話をするのもお互いのみにしか聞き取れない設定のチャットのみであり。


「けど、智くんだってキャラクターの名前、中学の頃のよね?」

「いや、使ってると愛着湧いちゃってさ」


 私が智くんを見つけた理由を口にすると彼は弁解を始め。楽しかった、チャットの文字が慌てる様子を見ているとあのころに戻った様で。


「私とお付き合いしてください」


 ゲームに実装されたヴァレンタインイベントで、彼のキャラにイベントアイテムであるチョコレートを手渡し、私達は恋人同士となる。もっとも、ゲームの中での告白になってしまったからか、ゲーム上でのカップル、つまり恋人RP(ごっこ)ではあったけれども。


「結婚式の実装?」


 それから月日は流れ、パソコンのディスプレイの前でゲームのランチャー画面を見ていた私は、一つの告知へ嫌が応にも目をとめさせられた。


「次の大型アップデートから」


 まだ随分先の話なのはアップデート予告の下に並ぶ日時を現す数字からも明らかで。


「うん。楽しみにしてるね、結婚式」


 告知内容についての幼馴染みからのゲーム内メールにキーボードで返事を打つ。ゲーム内とは言え、恋人同士から夫婦に。感慨深いモノがあった。


「ゲームの中ででも夫婦になれたなら――」


 胸にしまい込んでいた気持ちを打ち明けても良いかなと自身に問う。ただ、そんな前世の自分(わたし)は知らなかった。この数日後、倒れることになるなんて。


「ごめんね、智くん」


 倒れて数日後、自宅に戻るとゲーム内で遊ぶ約束を突然すっぽかしたことを何度か詫びた。体調は良くない、倒れて数日なのだから当然と言えば当然だ、けど。


「苦しいのも辛いのも――」


 幼馴染みと一緒に居られる代償と思うといとおしい。前世の自分(わたし)は痛めつけられて喜ぶ様な趣味はもって居なかった筈なので、ひょっとしたら、予感していたのかもしれない。残された時間はそんなに長くは無いのではないかと。実際、前世の自分(わたし)はゲームの中でもウェディングドレスに袖を通すことはなく。


「ごめんね、智くん」


 自分が亡くなったことを幼馴染みが知った時のことを想像し、病室でここには居ない幼馴染みに謝った数日後、息を引き取った。

 不意にそこまで思い出し、混乱のただ中にいた私ですが、それどころではありませんでした。前世の記憶を完全に思い出した私に目覚めた力が、言葉無く告げたのです。


「とりあえず、次は崖の方に行こうか」


 たぶん、きっかけはヘイル様の言葉。逢い引きスポットと紹介された崖を見に行ったヘイル様は突然現れた翼のある人型の魔物に襲撃され、半数を返り討ちにはしますが。


「残る魔物による突然の自爆に巻き込まれ、私の前世の名を口にし大怪我を負ったまま崖から落ちる」


 そして帰らぬ人になると力は言うのです。ただし、運命を変える方法もまた存在すると。


「その、ヘイル様……崖は、止めて戻りませんか?」


 簡単な話でした、命を落とす場所へ赴くのを何とかして止めれば良いのです。ただし、この力にも制約がある様で、直接事情を説明することは出来ない様でもあり、私に出来たのはやんわりと考え直して頂ける様進言することのみ。


「なら、先に戻っていていいよ」


 ただ、私の言葉は受け入れられず。


「俺はちらっとでも崖の方を確認してから戻――」


 更にヘイル様が言葉を続けようとした所でそれは現れました。力が私に見せた有翼の魔物。自爆する力を持っていることをヘイル様はご存じないはず、なら私がすべき事は、きっとひとつ。 


少女の前世と覚醒回でした。


ちなみに崖に二人で行った場合、少女は放置して魔物達は主人公だけを狙う上、花畑より魔物の数も増量されていた模様。丸腰の少女は生き残りの魔物で充分と見たのか他の理由かは不明。



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