四十二話「花畑はごく普通の――」
「ええと……」
視界が開ける前からしていた甘い香りが強くなった。木々の緑が左右に割れ、正面に広がる景色の大半を花の色が占めた。ただ、残念な所があるとすれば花の盛りを過ぎてしまい、しおれたり変色したモノも多数見受けられたところか。
「とか心の中でナレーション入れて見たところで、ただ野花が群生してるだけの場所なんだよね。シーズン外れかけだし」
これでもっと花が咲いていないなら時季外れだったからここはもういいやで終わるのだが、一応花が残っているのが俺を悩ませる。エリザ達を連れてスポット案内をする時ここにも寄るか否かと言う判断の面で。
「うーん」
スポット案内は村長宅を調べる為の外出を誤魔化す名目だ。それでも怪しまれぬ様にスポットも回る必要はあると思ってはいるものの、純粋に案内だった場合、ここに連れてくるかと自分に問うと判断に迷うのだ。
「ヘイル様?」
「ねぇ、この花畑どう思う? 紹介した方がいいかな?」
あまりに迷っていたからだろう、名を呼ぶ少女につい尋ねてしまったのは。
「え? え? はっ、ここで残念な回答をしたらヘイル様に冷たい目で見ていただけるのでは!」
「ええと」
突然の事に愕然としてから顔を上げ、残念で手遅れな事を言い出したおかげで、俺は少し冷静になれたけれど礼を言うつもりはない。と言うかごく自然な反応としてリクエストに応えてしまいそうになるが、自分を抑えた。
「味を占めてポンコツ化したら、困るのはたぶん俺だ」
出来たらそうなる前に追放したいところだけれど、追放したらしたでストーカーになりそうだし、追放云々のくだりが口に出てアイリスさんに聞かれたなら何とからかわれる事やら。
「もう付き合っちゃいなさいよ。いつでも追放出来るし、追放してもついてくるなら『キャッチ&リリース』したい放題で凄く便利じゃない」
と、言い出すことは俺が前世を引き摺っていることを知ってるアイリスさんなら冗談でも言わないとは思うけれど。
「とりあえず、次は崖の方に行こうか」
場所が変われば気分転換になるだろうし、この場に留まって少女の残念回答を待つ気もない。おざなりに見えない様には気をつけつつもさっさと下見を終わらせて戻りたいというのが正直なところだった。
「え」
ただ、これまでの流れなら促されればむしろ俺を追い越して先に行きそうな少女は、信じられないモノを見たかのように目を見開き、立ち尽くし。
「その、ヘイル様……崖は、止めて戻りませんか?」
「へ?」
絞り出した声に今度は俺が面を食らう。見張り櫓には一緒に上っているのだ、高所恐怖症ということはないはずであり。
「何か用事? あ」
思い至ったのは尋ねた後だ。我ながら間の悪いことだと思う。おそらくはお花摘み的な何かだろう。割と手遅れだった少女だが、流石に女の子として投げ出しちゃダメなモノすべてを放り出してはいなかったらしい。
「なら、先に戻っていていいよ。俺はちらっとでも崖の方を確認してから戻――」
戻るというつもりだった。周囲には少し離れた場所に村人のモノと思わしき気配が一つあるっきり、そこはただの花畑の筈だったのに。
「な」
周囲に突然出現する三つの気配。
「「ボォオ゛オォォオッ!」」
漆黒の身体に蝙蝠のモノに似た翼を生やし俺達を囲んだ異形は花を踏みつぶしながら地に降り立つと、揃って吠えた。
「ちッ」
「オ゛?!」
舌打ちするなり、呼び出した罠のロープが体をたわませ地を蹴って前に飛ぼうとした異形の一体を捕まえる。全く気配はなかったが、同行者に召喚士や悪魔使いのいた俺にはすぐわかった。召喚だ。たぶん花畑の地面に魔法陣を仕込み、その上から花を咲かせていたのだろう。
「ボォ、ギ」
「オオオッ」
「くそっ」
罠にとらわれた異形が人体ならありえない方向に体を捻じ曲げられ絶命するも残る二体が俺に迫る。パーティーの中で強襲を警戒できる人間は俺のみ、だから真っ先に殺そうということだろう。気配が読めてもギリギリまで察知できない召喚を使った異形の魔物による強襲。
「ゴガッ」
肉薄した魔物の内一体は、ギリギリのところで呼び出せた槍衾の罠で串刺しにし、しのぐが敵はもう一体。
「ボォッ!」
見たことのない魔物ではあるものの動きは見えていた。不意は打たれたが、翼はあるものの人体に近い構造、振り上げた腕。殴りかかるか爪でも伸ばして斬りかかってくると見て俺はもうこのとき回避行動に移っていた。避けてから罠で仕留めれば事足りる。
「ヘイル様っ」
そう思った瞬間、別方向から覆いかぶさって来た者が居た。それが誰かを確認する必要はない、ただ何故そんなことをするのかと思った直後。
「オ゛オォォオッ!」
雄たけびと共に異形の身体がはじけ飛んだ。
ごく普通ではなかった模様。




