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四十話「現実逃避は程々に」

「さてと」


 掃除はたいしたアクシデントも何ら触れなければいけない様な大事もなくあっさり終わった。ハプニング成分は掃除前の事件が全て持って行ってしまったのだろう。


「それじゃ、ここはお願いね。俺は出かけてくるから」

「引き受けた」


 楽しんでくると良いとか余計な一言が付け加えられていないことに少しだけ安堵しつつ俺は他の男性陣の前を辞し、台所へ向かう。


「あっちの掃除は終わってるかな?」


 終わっていても、台所は夕飯を作るのにも使う。慣れない台所だからと夕飯の支度を始める前にあれこれ作業していたって俺は驚かないし、掃除は終わったのだからと騎乗者の少女を含む何人かが台所に居なくても驚かない。


「で、女性陣の部屋に足を踏み入れたら丁度着替え中だったってオチですね、わかります。じゃなくて――」


 いけないいけない。あんなアクシデントがあったせいか、知らず知らずのうちに思考がお色気系ラブコメ方面に傾いてしまっていたらしい。


「よくよく考えてみると今まで女の子とのそっち方面の接触は避けてきてたもんな。耐性がないのかもしれない」


 強いて言うなら前世は男の転生者(アイリスさん)にからかわれたりしたぐらいだろうか。だが、アイリスさんは自分を女性と割り切れなくて苦労している人である。一定以上の接触は自分にも反射ダメージが入る様で、男相手に密着してくることは有っただろうかと首を捻るくらい記憶にない。


「まぁ、完全に男のままってわけでもないようだけど」


 以前、男だったら裸見せても問題ないでござるねと言うユウキの挑発に乗ってアイリスさんが服を脱ぐという事件が発生したこともある。その時は舐め回す様なユウキの視線にアイリスさんが根を上げ、俺はユウキにドン引きし、それは俺達三人の間で絶対触れない黒歴史の一つとなった。


「うん、振り返ってみると俺達も色々馬鹿やらかしてきたのかもね」


 うち二人はここに居らず、三人離ればなれの状況だが、ユウキはハーピーの雛を保護してくれる人と出会えたなら、すぐにとって返してアイリスさんと合流する事だろう。


「もっとも、合流しても――」


 俺達が暗黒神崇拝者達の企みを阻止してしまえば、念のために控えているアイリスさんのパーティーの出番はなくなってしまうのだけれど。今のところ、不気味なアンデッドを作り出してしまった一件と不幸な事故でそのアンデッドが一体倒された事とかを除けば順調なのだ。


「そして、ここは豪邸とかでもない」


 考え事をしつつ歩けば台所まではあっという間だ。


「あ、エリザ、掃除終わってる?」

「はい。それで何人かの方は着替えに――」


 台所を覗き込んだ俺がエリザの背中を見つけ尋ねると、返ってきた答えはお色気系ラブコメ寄りの思考だった時に予想した事態の前半通り。


「ありがとう、それじゃそっちの方を当たってみるよ」


 礼を言い、くるりと身体の向きを変えた俺は女性陣の部屋に向かう。もちろん、不用意にそのまま中に入るつもりはない。一分一秒を争う緊急事態でもないのだ。外から一声かけて、中の女性陣が出てくるのを待てば、事故は避けられる。


「空き家だからなぁ」


 最初は扉をノックするのも考えたが、ボロくなっていた扉がそのまま倒れる可能性を鑑み、これは没にした。騎乗者の少女の耳元で囁いたり、村長の所に連れて行ったりとやっておいて今更かも知れないが、俺は社会的信用の失墜大歓迎人間にあらず。だいたいうっかりにしろ不幸な事故にしろ着替え中の部屋の中を見てしまった場合、騎乗者の少女以外の肌を見てしまう危険性もあるのだ。


「例えば――」


 硬直し、立ちつくす下着と毛皮のみのウサギ女勇者を俺は見た、とか。


「うん」


 非情に申し訳ないが見た目が獣より過ぎる女の子に興奮出来る人手はないので一瞬どうリアクションすべきか困ってしまいそうだが、やらかした暁には幼馴染みのウサギ戦士が斧を振りかぶって襲ってきても文句は言えないだろう。


「面倒ごとも悲劇も惨劇も勘弁して欲しいし」


 阻止すべき暗黒神崇拝者の企みの詳細も明らかになっていないというのに、パーティー内をぎくしゃくさせる材料なんてお断りだ、だから。


「おーい、村長の言ってたスポットを見に行こうと思うんだけど、着替え終わった?」


 予定通り、ノックはせずに声をかけ。念のため、扉を開けて出てきた人間の死角になる位置に回り込んでおく。飛び出すなり先程の様に抱きついてきた時への備えだ。


「ヘイル様?! もちろんです、あ」


 勢いよく開けられる扉。それは勢いに耐えきれずにというよりは開けられた勢いのまま壁にぶつかった反動で跳ねる様に外れ、廊下に倒れ込んで埃を巻き上げる。


「ノックはしなくて正解だったかな」


 密かに安堵しつつ額に手をやったのは、とりあえずこの扉をどうにかする必要が出てきたから。


「用心しすぎるくらい用心してもどうにもならない事ってあるみたいだよね」


 俺の視線は天井を抜けて何処か遠くを見ていた。



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