三十五話「逃避」
「そっか、襲撃されたのは俺達だけか」
行軍ルートが上空と地上で違ったからか、合流したクレインさんの話では魔物に遭遇したこともなければ襲撃されたこともないとのことだった。
「まぁ、空を飛ぶ魔物の主要な生息域は村の向こうの渓谷とかだろうし、遭遇しなくても不思議はないんだけどね」
逆に言うなら目的地でもある渓谷に向かえばその空を飛ぶ魔物とやり合うことになる可能性が高いということでもあり。
「ここまでで遭遇した魔物は地面を歩くタイプ、アンデッド化して味方にした奴らにできるのは石を投げることぐらいかな」
「おそらくは」
俺の推測をエリザが頷きと共に肯定し、次に俺が見たのは悪魔使いの女性。
「リサリア? 弱くていいならー、コーヴァクン引っ込めれば、インプとか複数呼べるよ」
「そっちは敵の強さ次第か」
それでも何らかの手段があるのは好ましい。どこかのモフモフ好き狂戦士なんかは一応剣風で遠距離攻撃も可能ではあるものの、放つのにタメが居るらしく、状況次第で迎撃が間に合わないこともありうるのだ。
「レイミルさんも空を飛ぶ召喚獣は使えたよね? 俺の罠も対空用に使えるのがいくつかあるし……」
治療師のカルマンさんは回復役だからはなから空を飛ぶ魔物との戦いでの戦力にカウントするつもりはない。
「さて」
残ったのはウサギ女勇者ともう一人。馬に跨った騎乗者の少女だ。空から襲ってくる魔物への攻撃手段はない。いや、アンデッドと同じで石を拾って投げるくらいはできるだろうか。
「もういいや、お前使えないし。ウチのパーティーから出てってくれる?」
といつもの辛辣なセリフを言うほどで無いにしても、空の敵にかなり無力なのは明らかだ。騎乗者の少女とある程度以上に信頼関係を構築済みの空を飛ぶ騎乗動物が居れば話は変わってくるが、現状ないモノねだりであり。
「クレインさんに竜から降りて貰って代わりに乗せるのは悪手」
射手なのだから地上からでも飛ぶ魔物は射抜けるだろうが、理由もなく離れるのは竜の方も嫌がるだろう。
「と言うか、転落の危険がある渓谷で馬に騎乗して戦うってのがすでに微妙なんだよね」
騎乗者であればそんな場所でも危なげなく立ち回れはするのだろうが。
「留守番させておきたい気もするけど」
村に置いていったら村を抜け出し、追いかけてきそうな気がしてならないし。それならいっそのこと目につく場所に居させた方が良い気もする。
「ただ、なぁ……この先の偵察はクレインさんだと飛んでるから逆に見つかる可能性もある。そうなってくると俺が単独で偵察に赴くのが一番いい訳で――」
偵察に俺が出るとなると、嘶いたりする馬に乗ったどこかの少女が同行するなど論外だ。
「もういっそのことロープで何処かに縛り付けておくべきかな」
当人はMらしいし喜ぶかも知れない。俺も他者に気をかけずに済んである意味ではWINWINの関係といえるだろう。発覚したら俺の社会的なアレが酷いことになるという点に目をつむり、場合によっては俺が戻ってくるまで騎乗者の少女が縛り付けられたままという事柄から発生する問題をないと言い切れるなら。
「うん、縛って放置は世話してくれる人がいないと何かあった時ヤバい」
だが、その世話をしてくれる人には俺が少女を縛ったことを隠しようがなく。
「小細工なんてせずに真っ正面から説得して何とかしろって事なんだろうな、きっと」
もし説得しに言った結果、交換条件として縛って下さいとか言われた日には俺だって暴れると思うが。
「よくよく考えれば、ここ最近、避けてばかりでまともに話したことは無かった気もするし」
理由は解っているMな少女の言動が俺を社会的に殺そうとしてきたというのも理由の一つではあるが、それ以前に。
「うん。楽しみにしてるね、結婚式」
異性に好意を向けられるとだけでない、偶然見かけた見も知らぬ人の結婚式、店頭に飾られた白く豪華なデザインのドレス、連想のきっかけになる事柄が有れば、俺は前世を、彼女とメールの文面の一部分を思い出す。
「結局の所、アイリスさんの言う通りかな」
俺は引き摺って居るんだ。だから、騎乗者の少女と向き合えない。SだのMだのはどうでも良いとまでは言わないものの、掘り起こしたくないモノに触れないための名目、他の人の前で口にするための理由なのだ。
「前にあったっけ――」
俺とユウキ、そしてアイリスさんの異世界転生もしくはトリップ組だけになった時のこと。
「ねぇ、二人は目標というか何かしたいことはある?」
ふいに口を開いたアイリスさんの問いに、ユウキは元の世界に戻ることだと発言し。アイリスさんは暫く躊躇ってから、配偶者を捜すことだと明かし。俺はその時、特に思いつかないと誤魔化した。だが、真実ではなく、後日酒を間違えて口にしてしまった時、ボソッと漏らしてしまったのだ。
「強いて言うなら、前世の贖罪と現実逃避かな」
と。聞いていたのは、アイリスさんだけだったと思う。だからそれは転生組しかしらない秘密。
「はぁ」
過去を思い出し、ため息をつく。俺はまだ騎乗者の少女と話す決心が出来ずにいた。
と、言う訳で主人公がパーティーにいる動機の一端をチラッと露出させた回となります。




