三十三話「突然の別れ」
「便りがないのは元気な証拠、だっけ……」
嵐の前の静けさとでもいうのか、クレインさん達からの連絡はなく、休憩を二回経て俺たちはウサギ勇者の向かった村に随分近づいていた。
「こっちは何回か襲撃とか魔物の遭遇があったわけだけど、空と陸とじゃ事情が違うのか――」
あるいは馬鹿笑いするアンデッドの声につられてこっちに魔物が寄ってきているだけか。
「死霊術師のエリザもいるし、おかげでこっちの戦力は増えて消耗も抑えられてる、押さえられてはいるけどなぁ」
連絡がないというのが本当に気になるわけで。
「とりあえず、隠密行動に向かないし、あの微笑み一号だっけ? あれは囮として別行動してもらえるようエリザに提案しておこう」
負い目もあって言い出しづらかったものの、あの笑い声で暗黒神崇拝者に気取られて大失敗しましたでは目も当てられない。
「タイミングは、次の休憩が来たらでいいいかな。警戒も続けなきゃいけないし……っ」
だが行軍の途中で周囲の警戒と言う仕事を放り出すわけにもいかず、やむを得ない後回しを決めた直後のこと。俺は味方以外の気配を察知し、振り返る。
「後方、この感じは」
俺の上級職としての直感が知覚範囲への侵入者はかなりの強者であると訴え。
「ごめん、後ろから敵意を持った何かが近づいてきてる。前の方に気配はないけどここをお願いっ」
近くにいたカルマンさんとアリエラ、そして騎乗者の少女に伝えると返事も待たずに俺は踵を返した。
「まだ、引きずってるの?」
なぜか、唐突にアイリスさんが以前俺にかけた言葉を思い出す。だが、違う。そう言う訳じゃない。前世の罪とは別の話だ。エリザは――とは似ても似つかないし、一緒にすること自体が双方に失礼だ。そも、今すべきことは過去を振り返ることではなく、近づいてくる脅威への対処。知らぬうちに地を踏み出す足の力は強くなり飛ぶように後ろへ流れる景色の速さは増す。同じパーティーメンバーだ、アンデッドを使っての後方警戒をしているとはいえ、エリザの姿を確認するのには数秒もかからず。
「敵襲だ!」
まだ気づいていないかもしれないとエリザを追い越しながら叫んだ俺は武器を構え。
「キャ」
「っ」
そして目にした。狂ったように笑っていたソレが飛び出してきた小ぶりの影に一太刀の元に両断され、崩れ落ちるのを。突然、そう突然すぎた、別れ。
「にゅ」
ただ、エリザのアンデッドを一撃で屠ったもふもふなウサギの少女は飛び出してきた俺を見たまま硬直し。
「えーと……あ、ちょっと待って、エリザ、ストップ!」
想定外なウサギ勇者との再会に言葉を探しかけた俺は自分が敵襲と言ってしまったことを思い出し、慌てて死霊術師の少女を制止するのだった。
「にゅーん」
それは落ち込んだ様子で額を地面につかんとするほど頭を下げていた。
「いや、そろそろ頭を上げて? こっちにも落ち度はあったから」
あの笑い狂うアンデッドの声はたまたま魔物退治の為にこの先の村に滞在していたウサギ女勇者まで誘引してしまったらしい。魔物退治が目的の彼女がたまたま聞きつけた不気味な笑い声。辿って見つけた声の主が明らかに魔物であったなら、退治しようとしても不思議はなかったのだ。
「一応仲間認識してたアレに殺気を向けたから、俺の罠師としての認識がこの子を敵と見なしたと」
彼女がまっとうな戦い方をする勇者で良かったと本当に思う。陰に潜んで姿を見せず相手を屠る暗殺者の様なタイプであれば知り合いと気づかず全力で迎撃していた可能性だってあるのだ。
「本当に危なかった」
勝てる勝てない以前に相手はもふもふだろうが、女の子だ。罠で迎撃してこの子が引っかかろうモノなら俺の社会的な信用が損なわれていた可能性は高い。
「Sだと聞いていたけどー、獣よりの獣人も許容範囲とかドン引きー」
「拙者、ヘイル殿ならやるのではないかと思っていたでござるよ」
「ヘイルさま、次は私もこのロープで――」
目を閉じれば浮かんでくるパーティーメンバーの反応。なんでユウキが混じってるのか自分の想像力へ全力でツッコミを入れたいし、騎乗者の少女が俺の想像にも関わらず手遅れだったりする部分にもツッコミたいけど、その辺りはなかったことすれば、俺の想像と大して変わらぬ状況になっていたのではないかと思う。
「この職業、選んだことは失敗じゃなかったと思うけど」
あの時は、上級職になったときはこんなことになるとは露にも思わなかった。どちらかと言うとスタイリッシュに罠で敵を仕留めるかっこいい職業だと思っていたはずだ。こんな落とし穴があるなんて気づきもせず。
「まぁ、それよりも今は――」
せっかくウサギ女勇者と再会できたのだ。聞くべきことは聞いておかねば。それに暗黒神崇拝者のことだって協力を頼むかは別として話しておく必要もある。
「ええと、話は変わるんだけど」
「にゅ?」
前置きをし、俺はようやく顔を上げてくれたウサギ勇者に話し始める。暗黒神の崇拝者がこの地で何やら企んでいるという話があることを。
さようなら、微笑み一号。




