三十一話「ようやくの出発」
「お待たせしました皆さん」
騎乗者の少女の乗る生き物が確保できれば、後は早かった。Mでもあるその少女が出発の準備を終えたときパーティーメンバーの姿は二人ほど減っており。
「それじゃ、俺たちもクレインさん達の後を追おうか」
俺は他のメンバーを促し、歩き出す。作戦の修正後、空間魔術師の女性を後ろに乗せることになった騎竜射手のクレインさんは先行し、今はもうずいぶん先を飛んでいることだろう。少人数ならあの人がクレインさんのところまで連れて転移できるそうだし、緊急事態に直面したときの伝令にもなってくれるので、いざと言う時の備えは修正前で比べてかなり増したと思う。
「何事もないのが一番だけどね」
目的地に何かやらかす相手が居るというのだからなにがしらかの事件は起こると確信はしていたが、事件を歓迎する気なんてない。できれば未然に防ぎたいぐらいではあるものの、手にしているのは漠然とした情報のみなのだから臨機応変と書いて行き当たりばったりになるより他なく。
「ヘイル様、よかったら一緒に乗りませんか?」
いきなりタンデムを誘ってくる頭痛の種まで居るのだ。いや、まぁ、伝令をしてくれたのは助かっているのだけど。
「ひょっとしたら今回の『暗黒神崇拝者の企み阻止』もしくは『暗黒神崇拝者の引き起こした事件の解決』作戦で社会的にアレなレッテルを張られてしまうのではないか」
という危惧を俺は抱いている。唐突に沸いた俺へのドS疑惑とか、それを補強するかのように再び俺の前に現れたMな少女。
「陰謀論信者のつもりはないんだけどなぁ」
作為と言うか世界の悪意的なモノが存在するのではないかと思ってしまう。実際、今回の件だって暗黒神を崇拝する輩が暗躍して何かやろうとしているのだから。
「はぁ」
町を出てまだそれ程進んでいないからか目の前には人の足が踏み固めたであろう道が続き、木々や草が風に揺らされてざわめく。
「流石にまだ魔物の気配はないか」
だが、進めばやがて足元にある道すら獣道に変わり、木々が覆い茂り魔物の襲撃に気を配らねばならない山野にたどり着くはず。ウサギ女勇者の向かった村は山を一つ越えた向こうだ。
「しかし、そんな村の方に暗黒神の崇拝者も向かったんだよね……」
道を無視して目的地に向かうことも不可能ではないが、魔物に遭遇もしくは襲撃されるリスクは跳ね上がり、川や崖が行く手を遮る。普通に鑑みると、俺達の歩いている様な道を利用したと思われるのだが。
「旅人が居れば目立つはず。ウサギ勇者の印象に負けてかすんじゃってる可能性は否めないけど――」
村についたら聞き込みもしておくべきだろう。
「何にしても」
こうして何かを考えているフリをしていれば空気を読んで話しかけてくるメンバーもほとんどいない。
「エリエリ―、この間の話だけどさー」
「帰ってからで構わない」
最初七人だったパーティーはクレインさんが抜けたところに騎乗者の少女が入り、人数は変わっていないが人数が多いということは俺以外にも話し相手が居るということであり。
「ふふっ、待ってるですよーもふもふー」
仲間に話しかけるでもなく、視線をここではないどこかへやりながら己の体をぎゅっと抱きしめる者もいたが、まぁそれはそれということで。彼女の名は、アリエラ。職業は狂戦士で、重そうな大剣を軽々と扱う筋力の持ち主だが防御より攻撃に重きを置き、動きやすさを重視して軽装の防具は露出度が高く、目のやり場に困る人でもある。
「聞けばもふもふ勇者さんは女の子。抱きしめたりスリスリしても性別的に問題なしとか素敵なのですよー」
いやんいやんと己を抱きしめたままで身をよじる様を目撃してしまうと、あの勇者と出会った瞬間彼女を罠で拘束しないと拙いかなぁとも思ったりするわけだが、それをしてしまうと誤解も発生しそうで俺は何とも言えないぐんにょりした気分にさせられる。
「戦力的には申し分なしの筈なんだけどなぁ」
三人から二人に一人の割合で問題児が混じってる気がするのは、気のせいだろうか。
「はぁ」
「ギャギャギャギャギャーッ! ギャ?」
そんな状況だから、気配から位置を察知していた魔物がこちらを襲撃しようとしたタイミングで罠を召喚したのだって、きっと仕方ない。
「ギ? ギ、ギャー?!」
ロープで四肢を拘束された亜人種系の魔物の体は木と木の間に釣り上げられ、ワンテンポ遅れて事態に気付いた魔物は慌てふためき拘束を解こうとするが、まがりなりにも上級職である俺の手によって作られ、魔法で強化された罠だ、ちっとやそっとでどうにかできる類のモノではなく。
「ちょうどいいや、今イライラしてるし。ちょっと八つ当たりに付き合ってくれる?」
大丈夫。死霊術師のエリザが再利用できなくなるような死体を作る気はないし、目撃している仲間が俺をSと勘違いする様な真似もする気はない。
「俺は前回の反省をいかせる男だから」
いつぞやのオッサンのように長々苦しませる様なモノが拙いことはわかった。なら、苦しませなければいい。俺の罠に使う毒の中にはキノコを主原料とした笑いが止まらなくなるモノがあり。
「じゃあ、始めよう」
毒の粉の入った袋を片手に俺は微笑んだ。




