二十六話「夜になる前に」
「もういいや、お前使えないし。ウチのパーティーから出てってくれる?」
と、いつもの様に追放しておくべきだったのだろうか。そんなことを考えてしまったのは、最近追放出来てないからじゃない。
「来てしまう……」
夜が。あの少女が帰ってきてしまうのだ。
「だ、大丈夫。へ、部屋割りはちゃんと男女でわけたし、部屋もドアにちゃんと鍵のかかる仕様だから盗賊とかそっち系の職業ならまだしも騎乗者がカギ開けして入ってくる事なんて――」
あり得ない。
「だから良いんだ。念のために鳴子の罠とか必要ない。夜中トイレに行こうとしてウサギ戦士の彼が引っかけちゃうとむしろ騒ぎになるし、設置した方が面倒なことに……うん、夜中のトイレ?」
不意に用が足したくなってトイレに向かう俺。職業柄の索敵能力をフルに活用して近寄ってくる気配が無いかを確認し、誰の気配も感じないことにビビリ過ぎかと苦笑しつつトイレのドアに手をかけ。
「開けた向こうにあの子がスタンバイして……って、どんなホラー?!」
止めろよ俺の想像力。
「だいたい気配察知出来るならトイレの中に居てもわかるし、トイレの中で待ち伏せって女の子としてアウトだよ」
もう既にアウトゾーンに突入してるのを確認してるから、正直やらかしてもおかしくないとは思うけど。
「トイレは共用だし、俺以外が入ってくる可能性だってあるよね」
待ち伏せなんてナンセンスだし穴が有りすぎる。それならまだウサギ戦士を言いくるめて俺達の部屋に入り、ベッドの下とかに潜んで夜を待っていたとかの方が遙かに確実だ。
「いや、よくよく考えれば何で俺はあの子が襲ってくること前提で考えてるの?」
無意識の警戒か、ネガティブに考えすぎというか。
「せっかく勇者の情報は手に入ったって言うのに」
ウサギ女勇者は作ってもらっている武器が完成するまでのただ待つのを良しとせず、依頼で近くにある村の魔物退治へと向かったらしい。
「討伐がうまく行けば、ここに戻ってくるまでにだいたい二日か」
勇者を追って件の村に行く事も可能だが、村に向かうルートが複数有る関係で、入れ違いになる可能性もある。
「アイリスさん達が戻ってきたら相談するつもりだけど、『ここで待とう』って言うよね、普通」
俺だって同じ意見だ。あのMな少女と同じ宿に泊まり続けることになるのでなければ。
「はぁ」
思わずため息が漏れる。
「どうして、こうなったかな」
そもそもあの少女は俺のどこが良いというのか。
「うん、追放で目覚めたって言うなら、聞くまでも無いのかも知れないけれど」
追放の演技か、それはつまり何処かで死んだあのバカ勇者を参考にしてしまったアレだと言うことであり。
「死んでも祟るとか、ほんとないわー」
もしあの少女が出会ったのが俺でなくあのバカ勇者だったとしたら。
「それもないか、あいつは地位とか権力でもついてこないと多少スタイルや顔が良くても目もくれなかっただろうし」
逆を言うと地位があったからこそアイリスさんは絡まれたとも言える。
「勇者、勇者か……」
本当にピンキリな存在だと思う。酷いのはごく希だとは思いたいけれど。
「その真っ当な方の勇者だものね、あの子は」
魔王ゼグフーガこと和己さんの話が真実ならそのウサギ女勇者は割としょーもない原因に端を発した戦いへ身を投じ、命を賭して和己さんに挑むこととなってしまう。
「出来るなら、止めないと。いろんな意味で」
その為に俺はあの子を追ってきたのだから、ただ。
「そうね」
同意が隣から聞こえてくるとか想定外なのですが。
「何時戻ってきたの、アイリスさん?」
「『トイレの中で待ち伏せって女の子としてアウトだよ』辺りからかしら?」
「割と結構前?!」
一声ぐらいかけてくれても良いと思う。
「一応、声はかけたわよ?」
「えっ」
「夕食をどうするかとか聞きたかったから呼んだのよ? 無反応だったから仕方なく気づくまで待ってたんだけど」
そう言われると俺はごめんと謝るしかなく。
「ちょっとぼーっとしすぎたかな」
「否定はしないわ。それだけ重症みたいねとも思ったけれど……ねぇ、ヘイル」
苦笑する俺に苦笑で応じたアイリスさんは真剣な表情を作ると俺の名を呼び。
「どうしても嫌なら、私が恋人のふりをする?」
そう尋ねたのだった。
そろそろ一話完結型に戻りたいと思う今日この頃。




