百二十八話裏「潜む者(???視点)」
「姫様、申し訳御座いません」
気取られましたと言う報告にわたくしは謝罪には及びませんわと言うと城壁にある凹凸に身を隠したまま、流石ですわねと賞賛する。
「ディロゲイウスも拠点を引き払ったと聞きますし、実質上この国の王都も見収めですわね」
あの拠点があったからこそわたくし達は敵地のまっただ中に侵入出来て居るとも言える。
「お父様も色々画策されていたようですけれど、無差別に魔族を弱体化させることの出来るあの方がこの王都に居る以上は、残り火が勝手に延焼して行く様を見ることしかできませんわね」
一応、雇った人間や複製した人間を使って事を起こす事も可能ではありますけれど、人を雇うと言うのも難しい。少額で悪事や不法行為に手を染める者は色々な意味で信用出来ないし、口が堅く依頼の履行も望める様な人材となると高額の報酬、コネ、そしてこちら側の信用が必要となる。
「複製は手間がかかって数を揃えるのにかなりの時間を要す、となると――」
残った手段は固有技能の効果を反転させる固有技能を持つわたくしを頼ることぐらいですけれど。
「ユウキ様のお友達に危害を加えるなんてお断りですわ」
「その、姫様のお気持ちも分かりますが……」
「そう? そうですわよね? だと言うのにお父様と来たら……それに、ユウキ様に危害を加えようとした、あの元四天王の、なんでしたかしら?」
流石に許すことも出来ず、本に封じてお城のお手洗いに置いてきてしまいましたけれど。
「今もあの本はあそこにあるのかしら?」
「ちょっ、四天王の一人が行方不明になって大騒ぎになったあの一件の真相って」
「あら、割と大事になっていたんですねぇ。気づきませんでしたわ」
確かイライラがおさまらなくてお父様を封印する本を作るのに夢中だったからですわね、きっと。
「何というか、聞いてはいけないことを耳にしてしまった気がするのですが」
「きっと気のせいですわ。さてと、この町には日持ちする美味しいお菓子を売ってるお店がありますし、最後ですからお土産に買っていきましょうか」
この国のお菓子に使われている果物は気候の違いでわたくし達の国では栽培出来ない。だからこそ手に入れようと思えばかなり値段がはる。敵対してる国家の特産品ともなれば、直接輸入することなど出来ず、間に経由国を挟むからだ。その上、輸送距離があるから生の果物を持ってくるようなことは出来ず、ドライフルーツのような加工品にならざるを得ない。
「日持ちするお菓子と言う時点でドライフルーツと変わらないかも知れませんけれど、あの果物繊細ですから魔法で凍らせて輸送なんて事をすると、駄目になってしまいますのよね」
前世の冷蔵庫を何らかの形で再現するか、品質を劣化させずにモノを運ぶ手段を持った人材を雇いでもしない限り生の果実を持ち帰るのは不可能。
「ユウキ様へのお土産に持って帰れたらどれ程良かったことか……はぁ、ままなりませんわ」
「姫様」
「大丈夫ですわ。ちょっと不満が口から漏れただけですの」
望みすぎれば、何処かで躓く。
「足ることを知り、驕るこ」
「いえ、姫様。そろそろ人間の兵が巡回に通る筈です、ここから立ち去りませんと」
「あら、それは失礼しましたわ」
少人数で潜入しているのだから、事を荒立てる訳にもいかない。
「こちらへ」
「はい」
私は促されるままその場を後にし。
「兵はいない様ですね、さ、姫様ここです。この隠し通路を通っていけば商業区に出るはずです」
城壁の脇、詰め所の影にあった飾り板が外れ、ぽっかりと口を開けた闇を示される。
「ありがとう、確か市街戦になった時に斥候の使う連絡通路、でしたわね?」
「はい。近年利用していたのが我々のみと言うのが皮肉ですが」
「ふふ、けれどあの勇者ヘイルなら……コレに気づくのも時間の問題ですわ。あの方は罠師、隠し扉や通路を見つけるのはお手のモノの筈」
馬車の御者をして何処かに移動しているようでしたけれど、馬車の持ち主は話を聞く限り枢機卿の一人。あれが町中をくまなく調べるためのカモフラージュでなければ、わたくし達がこの通路を使っている間に通路自体を見つけられることは無いと思う。
「普通に考えれば、馬車の持ち主と何処かに向かったと考えるのが常識的ですものね」
「はっ、行き先も商業区では無いようですし、鉢合わせすることはないかと」
「それは何より。見つからないうちにここを抜けましょう」
わたくしは頷くと、行使した書庫を歩く為の光が照らす狭く長い通路を歩き始めた。




