百二十五話「わかっていたこと」
「お前は?! さっさとこれを解け! あの裏切者を断罪せねばならないんだ!」
俺を見た襲撃犯の第一声はそんな感じだった。目は血走り、ロープい絡めとられた場所からは無理に抜け出そうとして擦ったのか血がにじんでいた。
「何と言うか、典型的な人の話を聞かないタイプっぽいなぁ」
たぶんおろして御者の居場所を聞いても似たようなことを喚き散らすだけだろう。
「洗脳されてるだとか操られてるケースも考えられるけど――」
どちらにしても御者の事を聞き出すのは難しそうだ。
「いっそのこと聞き出すのは諦めて、暴走した馬車の痕跡辿っていった方が早いかも」
洗脳されてるとかのケースだった場合、俺ではどうしようもない。薬物関係なら罠に毒を使うことがある関係で打てる手もあるかも知れないものの、アイテムによる支配だとか魔法によるモノならアイリスさんの所に連れて行く必要がある。
「口封じされる危険性だってゼロじゃないし」
やはり、ここは確保を優先すべきか。今のところ敵意や殺意を持った人物の気配は周囲にはないが、第二第三の刺客が既に放たれていたとしても驚きはしない。
「いや……まぁ、驚かないとしても拙いか」
下手にフラグを立てるとそれは現実になる。
「コイツの顔を見せれば、ジャック・チャーストン枢機卿……長いな。ジャック枢機卿が所属先を教えてくれるかも知れないし」
警戒すべき相手が明らかになれば、俺達にとっても大きい。
「マイ、コイツを確保出来たら御者を捜してきて貰える? 俺もコイツをアイリスさん達の方に連れて行き次第、引き返してそっちに向かうから」
「はい、わかりました」
「それじゃ」
少し迷ったが、どうするか決め、マイに明かした俺は返事を聞いてからロープの固定を解く。
「うわ」
「っと」
支えを失った襲撃犯の身体が地面に向かうのを追いかけるように俺も飛び降り、手にしていたロープを壁の出っ張りに引っかけて減速。
「ぐえっ」
悲鳴と共に地面に到着した確保対象の横へ軽やかに降り立つと、手にしていたロープで突っ伏した所をぐるぐる巻きにする。
「とりあえずこんな所か。及第点かな?」
捕縛に邪魔は入らず、追加の刺客とおぼしき気配もない。
「もっとも、刺客が向かうとしたら枢機卿の方か」
口封じも必要かも知れないが、本命をし損じたら本末転倒だ。此方にまで刺客が向けられたなら、それは目的を果たしたか、目的を果たすのに充分な戦力どころか余るぐらいの戦力があった場合だけだろう。
「マイ、急いで戻ってくるから無理はしないように」
「ヘイル様……」
「解け、こん、ぐっ?!」
喚き散らして喧しい罪人に猿ぐつわをした俺は、マイに無言で頷いて踵を返す。状況が状況だけにマイを一人にするのは若干不安だが、敵の狙いがあの枢機卿である以上、御者を捜しに行くのが一番危険は少ないはず。
「コイツを助けに来る人員も口封じの人員も今のところ来ては居ないけど……」
アイリスさん達の方には第二第三の刺客が向かっている可能性は否めない。
「単独犯だったら良いんだけど……」
希望を持つのは自由だが、現実と言うモノには個人の希望に添う義務はなく、結構な確率でめんどくさい事態と言う結果を寄越してくる。
「だからさ――」
わかってた。ジャック枢機卿の居た場所に近づくに連れて騒がしくなることも。やはり襲撃者は一人ではなく複数存在して、残りが今交戦中なのだろう。
「急ごう」
加勢して一気に制圧すれば良いだけ、考えようによっては情報源が増えるのだから悪いことばかりではないと自分自身に語りかけながら走る。景色は横を流れ、前方に見えてきたのは一台の馬車、そして枢機卿に何やら訴える見覚えのある男。
「あっ、勇者ヘイル、漸く見つけたぞ! 勝負しろ!」
「え゛」
此方に気が付いて叫いたソレの姿に俺は顔を引きつらせる。やはり、めんどくさい事態というのは適当に歩けば幾つも踏んでしまう程度の頻度で転がっているものらしい。
「別の枢機卿の甥という残念馬鹿だっけ?」
ロープで逆さ吊りにされたのにまだ懲りていなかったようで。
「どうしよう、本当にめんどくさそう」
げんなりしつつも避けて通れないのだろうなぁと言う諦念と二人連れで、俺は掌を顔に当てると嘆息したのだった。




