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百二十四話「理由」

「『裏切者に断罪を』ねぇ」


 馬車の屋根の上に乗っていたのは枢機卿の命を狙った刺客だったそうで、ジャック・チャーストン枢機卿によると、御者を突き落としながらそんなことを喚いていたらしい。


「それで、その裏切者と言うのは?」

「わからぬ。とはいえ心当たりはある。家の者が突然ここ暫くの記憶がないと言い出したかと思えば、里帰りを願い出た使用人の一人が行方をくらますなど奇怪なことがいくつか起こっておってな」

「なるほど、そのいずれかかもしくは両方が関係していると?」


 前者は初耳だが、聞きたかったことを先方から明かしてくれたのはありがたい。


「わしなりに考えた結果、そうではないかと思っただけの事よ。例えば、行方をくらました使用人が魔王の手の者で情報を魔王に流していたのだとしたら、魔王が『わしが魔王に通じて情報を流している』と考えの浅い者に吹き込んでこのような凶行に出させたとしても不思議はない。かの魔王は謀略の魔王ゆえにな」

「あー」


 確かに考えられる話ではある。


「さっきの襲撃者なら罠でそのまま拘束してあるから、尋問して裏を取ることも可能かな」


 もしこのジャック・チャーストン枢機卿の推測のとおりなら、襲撃者かその主人に吹き込んだ人物をたどれば、何らかの手がかりに至ることだってできるかもしれない。


「となると、口封じとかされないうちに拘束した人を確保しないと」


 ただ、枢機卿をここで放り出すわけにも行かず。


「あ、居た」


 見回せばマイの他にもギャラリーの中に見知った顔が幾つか。


「居たも何も、騒ぎが起きてるのだもの。近くを通っていたなら、気になって様子ぐらい見に来るわよ」


 とはアイリスさんの弁だが、俺としてはありがたい。


「騒ぎの元凶を捕まえてくるから、枢機卿の護衛をお願いしてもいい? 御者台に居たはずの御者も探してくるから少しかかるかも知れないけど」

「承知した」


 俺が頼めば、答えたのはアイリスさんではなく、少し離れた場所にいたレイミルさん。


「ありがとう。後から他の人が来たら事情説明もお願いね。マイ」

「はい、ヘイル様」


 襲撃犯と御者の二人を一人で運ぶのも不可能ではないけれど、両手が塞がるのは宜しくなく。言外についてきてと言ったつもりだが、マイには正しく通じたようだ。


「御者が見つかったら、そちらをお願い。手当てしても良いし、預けられそうな人に預けるでも良いから」

「わかりました」


 更に指示を出して俺は馬車が暴走してきた道を引き返す。馬車に飛び乗った時に御者は素手にいなかったし、最初に回収するのは襲撃犯の方だろうけれど。


「事情を知らない通りすがりの人間に罠から外されてる可能性もあるよなぁ」


 引っぺがしてからそんなに時間をかけたつもりはないが、止めるまで馬車は走り続け、罠で捕まえた襲撃犯はこうして歩いているが、まだ見えてこない。


「ヘイル様の罠を外すなんて、なんて勿体ない」

「うん。マイはやっぱりブレないなぁ」


 暴走した馬車が通った後だ、追い散らされたのか人は居らず、だからこそ口から出たのであろう言葉は実にマイらしいモノだった。


「それはそれとして、そろそろ見えてきても……あ」


 周囲を見回しつつ来た道を引き返すこと暫し、ロープでぶら下がる何かを見つけ。


「ヘイル様?」

「襲撃犯は見つかったよ。良かった、まだ降ろされたりしてないみたいだ。行こう」


 訝しむマイに説明して走り出す。襲撃犯には色々放して貰う必要もあるが、まず御者をどこで落としたのかを聞き出さないといけない。


「その後は――」


 御者がどこで落とされたかが分かったと仮定して、襲撃犯を俺が縛った上で道案内させるか、それとも襲撃犯を安全に尋問出来る場所に運び、御者の回収はマイに頼むか。当初の予定なら後者だが。


「まぁ、そもそもまともに此方の聞いたことに答えるとは限らないしなぁ」


 罠に引っかかり吊されたことで些少なりとも頭が冷えていると良いけれど、吊されたぐらいで大人しくなるなら、そもそも襲撃なんてやらかさないか。


「さてと、まずは降ろそう。俺がそこの民家に登って上の方のロープの固定を解いてくるから、マイは降ろしたアイツが逃げ出そうとしたりしたら、足止めしておいて」

「捕まえなくていいのですか?」

「暗殺用に毒を塗った針とか刃物とか持ってるかも知れないし、解いたらすぐ降りてくるつもりだから」


 それじゃよろしく頼むよと言って俺は民家の壁出っ張りに手をかけた。



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