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百十九話「覚悟と決断」


「罠だけ解除して戻ろう」


 一刻も早く魔王を倒さなくてはならないと言うのなら、時間の浪費は愚考である。感情を抜きにして考えた場合の最適解に辿り着くまでその愚考をどれ程したことだろうか。これで良いのかと迷う内の自分を見ないことにして残った罠の解除に取りかかる。罠の解除だけなら、どの選択肢を選ぼうとも、ほぼやらねばならないことだ。


「その罠の幾つかがエロ本トラップというのが、こう、ね」


 俺を虚しい気分にさせるが、この場に居るのは俺のみ。独り言は耳にする者もなく静寂に溶け、訪れた静寂を罠解除のために出た音が破る。


「たぶん、これは始まりに過ぎない筈」


 アイリスさんの固有技能で近寄れず、罠は俺に防がれる敵側からするとこちらに被害を与える方法が限られている以上、同じ展開が待ち受けていたって不思議はない。


「いや、精神攻撃を狙ってるなら、一定期間はむしろ継続してやってくるだろうなって言うべきかも」


 そして効果の有無を確認し、効果があるなら継続してくるだろう。ロクでもない状況に置かれて、選択肢が限られるなら、その中から最良のモノを選んで行くしかない。


「社会的に死ぬハメになった時は、何処かの山奥にでも引きこもろう」


 マイが隣にいてくれれば、きっとそれで良い。もちろん、為すべき事を果たしたあとでの話だけれど。


「魔王を倒した後、俺の評判がどうなってるかだよなぁ」


 一緒にいるだけで邪魔になるようであれば、協力してくれたみんなへの恩返しも諦めなければいけないかもしれない。


「まだ社会的に抹殺されると決めつけるのは早いとしても、甘い見通しを立てて詰むよりもよっぽど良いよね」


 相手が強敵ならば、しなくてはいけない事の一つは覚悟を決めることだ。取ってくる行動の内容がアレでも効果的なことにかわりはない。そして、強敵を相手にして無傷で勝とうというのはムシが良すぎるだろう。


「ふぅ」


 最後の罠を解除し終え、小さく安堵の息を漏らす。変態ルームはそのままだが、あちらに罠がないことは既に確認している。


「あれを見たみんなのリアクションが怖いけど、もう決めたことだから――」


 俺は、躊躇わない。


「とりあえず、罠は解除して来たよ。それから、敵はもう逃げた後だった」


 アイリスさん達の元に戻ると、最低限の事だけ伝え。


「そう。ところでヘイル、中に逃走先の手がかりになりそうなモノはあった?」

「強いて言うなら物資搬入用か何かだったらしい昇降機が一つ隠してあったけど、追跡を防ぐためにか、壊してあったぐらいかな」


 冷静に話を聞いていたアイリスさんが返した問いに記憶を掘り返して答える。


「その昇降機がどこに通じていたとかはわかるかしら?」

「壊された昇降機へ色の付いた水を大量に流し込めば、密閉されていなきゃだけど漏れる水でわかるんじゃないかな。もっとも、確認の手間を考えると割に合わないと思うけれど」


 そのまま延々と地下通路が延びでもいなければ、わかるのは先程のプチ砦への侵入口だけなのだ。


「たぶん追跡されることを想定してると思うから、痕跡をたどれるとは思えないし」

「成る程、だいたい分かったわ」


 ただ。


「なら下山しましょ、ここにいる意味ももう無いわ」

「え?」


 砦へ拠点に足を運ばずそのまま帰るとアイリスさんが言い出したのは、予想外だった。


「侵入者を阻む結界が無かったのは、私の固有技能を結界で防ぐことや固有技能の影響下で結界を維持出来ないからだと思うのよね。なら、最悪私達が下山した後に戻ってきてこの拠点をまた使い出したとしても、私がいればまた逃げ出さなきゃ行けなくなるし、逃げるための昇降機は自分達で壊している。これだと、その昇降機を使って戻ってくるのも難しいでしょ」

「あー」


 だからアイリスさんは拠点を見るべき価値無いモノと断じたのか。


「あれ?」


 けど、こうなってくると謀略の魔王の嫌がらせは完全な空振りだったのではないだろうか。


「いや、そうでもないか」


 ロードマップというふざけたプレッシャーの種は残していったし、今回は何とかなっただけかも知れない。


「結局の所、またログでもない手を打ってくるかも知れないからなぁ」


 魔王を倒すまで、戦いは終わらないのだ。


「俺達の戦いは、これからだ!」


 とか言って打ち切りエンドになったら良いなとか思ったりもする苦難の道になりそうだけれど。


あやうく打ち切りするところだった。


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