百十七話「なにこれ」
「は?」
部屋を出て通路の方に進んだ俺は思わず足を止めた。通路のど真ん中にポツンと本が開かれた状態で置かれていたのだ。普通に考えれば罠だ。罠以外の何物でもない。ないのだが。
「エロ本?」
読んで字の如く。扇状を通り越して卑猥としか言いようのないポーズをとった豊満な女性が描かれた挿絵。もう一方のページには文字が羅列してあるところを見るに、どうやら小説のようだが距離があって文字までは読み取れないモノの、確認する気もない。
「こんなモノ見たなんてマイに思われたらどうなると思う? って、聞くまでもないというか、俺って誰に向かって話してるんだろう」
自分で自分にツッコミを入れる現状が、俺の動揺具合を現しているような気がする。
「俺がこんなしょうもないトラップに引っかかると思ってるなら、仕掛けたヤツを捕まえて説教してやりたいところだけど」
気配を感じ取れないと言うことは、逃げたか弱体化の影響でもう生きていないかのほぼ二択だ。おそらくは前者だと思う。
「しかし、どうしよう、この罠」
解除するのもエロ本が欲しいからと思われるようで嫌だし、罠としてストックしておくのも嫌だ。ストックして何らかの戦いの時、間違ってパーティーメンバーの目があるところでコレを召喚したらと思うと。
「短絡的に本だけ燃やすってのも思いついたけど、俺が即座に思いつくって事は、これを仕掛けたヤツも想定していそうだしなぁ」
本自体に燃えると毒煙が発生するように仕込んであるかも知れないし、あとでパーティーメンバーを連れてきた時、何かの燃えたあとがあれば、普通は俺に尋ねるだろう。その時誤魔化し通せるか否か。
「うーん、一端罠としてストックしてアイリスさん達呼びに行く途中で適当な物影に隠すように召喚すればいいかな?」
それなら、問題にはならないと思うが。
「問題は、処分に困る罠がこれ一つとは限らないってことと、あの変態ルームをどうするか、かな」
あの部屋を片付けるとすると結構な作業量になる。だが、そのままにしてアイリスさん達を連れてきたら俺がどういう目で見られることか。
「あの部屋とこの罠の両方からすると、どう見ても嫌がらせとしか思えないナニカってまだ有りそうなんだよね」
用意する方も結構な作業量になる様な気もするが、俺とあちらには明確な差がある。そう、動かせる人員の差だ。
「スケルトンを動員して簡単な作業を任せることをしてるなら、俺一人の手では一日二日じゃ片づかない量の置きみやげがあっても不思議はないし」
置きみやげがあった場合、アイリスさん達に隠して処分するのはまず不可能だ。理由もなく拠点に入らずその場で二日三日待機していてくれ何て言われて誰も疑問に思わないのはあり得ない。
「必ず理由を聞かれる。理由がおかしければ追求されるだろうし、作業に手がかかると言えば、最悪手伝いを申し出られる可能性がある」
罠は危ないからと変態ルームの様な場所に立ち入らせることを禁じて、食事の準備とか誰でも出来るようなことをお願いするとしても、すぐ近くに見せたくないモノが存在すると俺の気が休まらない。
「っ、俺とアイリスさんが居ると手が出ないから精神攻撃する方向に切り替えてきたってことか」
内容は巫山戯てるとしか思えないモノにもかかわらず、効果は抜群だ。被害にあって居る俺だからこそ断言出来る。
「敵からすれば、俺の胃に穴が空いて倒れでもしてくれれば、万々歳と……拙いな」
もし、今回のケースが効果的と謀略の魔王側が判断すれば、相手は曲がりなりにも一国の王だ。総力戦で俺の精神というか胃を集中攻撃してくることもあり得る。
「防ぐ方法は、二つ。精神的に殺られる前に魔王を殺るか、敢えてあの変態ルームを片付けず、『精神攻撃なんて効かない』と言う態を見せるか」
巫山戯た置きみやげが罠であると説明することもちらりと考えたが、弁解じみたことをするのはそれが効果的であると知らせるようなモノだ。
「はぁ、それだけで相手の思う壺かも知れないけど、未探索ゾーンをノータッチって訳にもいかないもんなぁ」
頭を抱えたくなるような気持ちのまま、俺はこの敵拠点の探索を再開するのだった。




