百十六話裏「時間は少し巻き戻り(ディロゲイウス視点)」
「みんなー準備は終わったかー?」
問う軍師殿の声に配下の死霊術師三名と共に私は肯定の返事を返す。
「じゃー、そろそろ次の準備にとりかかろーぜー!」
「次の準備? あの、軍師様、それは良いのですが、先ほどのスケルトンを縛ったり拷問器具に乗せることに何の意味が」
満足げに頷き歩き出そうとした軍師殿の背に疑問を投げかけたのは部下の一人だ。私情を挟むつもりはなく黙ってはいたが、確かに私としても気になってはいたのだ。配備するスケルトンの武器のグレードを落とす指示に続き、出された指示は完全に私の理解を超えていたのだから。
「質問? はー、もぅ、仕方ねーなー」
部下の声に足を止め、嘆息した軍師殿はくるりとこちらに向き直る。若干機嫌を損ねたようには見えるが、聞かれれば説明してくれるつもりはあるらしい。
「じゃ、まず確認からな。俺達の居るここに向かってきてるのが新しく勇者に任命されたらしいヘイルって罠師、そしてそのパーティーには俺達魔族や魔物を無差別に弱体化させるって飛んでもない能力を持った女が居る、ここまではいいな?」
「は、はぁ」
「まず、この時点で俺達は勇者パーティーに近寄れねぇ。罠で仕留めようにも勇者がその罠のスペシャリストだ。まぁ、普通の奴ならもうお手上げだろうな。もちろん、コーメーと呼ばれる俺なら話は別だぜ。で、今回選んだのは『心を攻める』ってヤツだ」
得意げに笑みながら軍師殿は己を親指で指し示す。コーメーと言うのは遥か遠くの国に過去存在した名軍師の名を基に作られた優れた策士や軍師を称える称号だ。称号が作られたのはもうずいぶんと昔の話、もとになった名軍師のことは私も知らないが、一つ言えることがあるとすれば、この軍師殿の手腕は疑いようがないということだ。実績なくしてコーメーの称号は許されない。
「『心を攻める』ですか……」
「そーそー、勇者とさっき話した弱体化女が一緒に居る限り、何とかするのは難しい。だったらパーティーを分解しちまうのが手っ取り早いって訳だぜ。そのために、まずいくつかここで仕込む。以降の布石って奴だ」
「なるほど、厄介な相手なら各個撃破するべき、と」
理に適っている。その為の布石がなぜ先ほどの奇怪な作業なのかはわからないが、きっと軍師殿には私では到底たどり着けない遥かな高みから物事を見ておられるのだろう。
「先代の勇者も内輪もめで仕留めたろ? あそこまでいかなくとも、仲たがいさせて別れさせるだけでも状況は変わってくるしなー」
「「おお」」
「して、軍師殿、次は何を?」
我ながら現金なモノだが、考えの一部を明かしてもらえただけで、早く次の作業に移りたいという気持ちになってくる、ただ。
「そうだなー。じゃ、結界の機能を停止させてくれ!」
「「は?」」
次の指示を聞いた私達は耳を疑った。
「け、結界を消す、ですと?」
「おぅ、どうせ弱体化女が近寄ってきたら結界だって維持できねーしな。だったらこっちから消しておいて、罠の可能性を疑って貰った方がいい時間稼ぎになるだろ? まぁ、勇者達がここに来たときにはもうここには居ないつもりだけど、この間アイツら馬車で飛んでもねー速さを出してたらしいからな。万が一見抜かれて俺達を追いかけて来た場合のことを考えりゃ、時間稼ぎは必要不可欠だぜ!」
「な、なんと」
失敗した場合の事まで考えて動いているとは。才に驕らない、これがコーメーか。
「とりあえず、今回の狙いは勇者とパーティーメンバーの間をギクシャクさせること、それともう二つばかり狙いはあるけど、そっちは秘密な? 謀は密をもって良しとするってゆーしな」
後日のお楽しみだぜと間延びさせつつ良い笑顔で親指を立てた軍師殿はその後も我々にいくつかの細かい指示を出し。
「この拠点ともお別れか」
物資搬入用の隠し昇降機に乗り込みつつ、ポツリと呟く。
「おーい、そろそろ動かすぜー、弱体女の力の範囲に入るのも拙いが、勇者の方に気配を察知されても拙いからなー」
「はっ」
さらば、我が拠点よ。軍師殿の策の成功を祈る私の視界で昇降機を隠す壁面が上がり始めた。
早くもネタばらし回でした。




