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百十六話「拠点の中に」


「やっぱりここは外の比じゃないな」


 まるで侵入をあきらめさせるかの様にこれ見よがしに仕掛けられた無数の罠。隠す気すらないような設置の仕方をされているのは、侵入者へ精神的なプレッシャーを与えるためか。


「一人で来て正解だったかもね、これは」


 パーティーメンバーを同行させていたなら、罠の解除が済むまで外で待っていてもらったことだろう。見たところ罠解除にしくじる可能性があるような難易度のモノには見えないが、しくじって罠が作動してからではどうにもならない。


「万が一を考えればなぁ」


 作動した罠が毒ガスの吹き出すようなモノで、連動して扉が閉まって侵入者を閉じ込める仕掛けだった場合、全滅もありうる。


「俺が謀略の魔王だったなら、俺かアイリスさんのどちらかを斃すことをまず狙うだろうし」


 アイリスさんを何とかしようにも、魔族や魔物は固有技能で弱体化させられ、戦うことさえかなわない。かといって罠で狙おうとすれば俺が解除して手持ちの罠のストックにしてしまう。


「って、それならこの状況は変だよなぁ。全滅系トラップで俺が罠の解除にしくじる低い可能性にかけるなら、こんなこれ見よがしに罠を仕掛ける理由はないし」


 まるで俺だけで罠の解除に当たってくれと言わんがばかりな状況は、想定される狙いにそぐわない。


「罠の解除の為俺だけを分断したとしても、ここはまだアイリスさんの固有技能の範囲内、刺客を差し向けて各個撃破するなら人間の暗殺者とかを雇う必要があるけど、人の気配は感じないし、アイリスさん達の居る方にもその手の気配はなかったはず」


 上級職の俺でさえ気配を察知できない凄腕暗殺者と言う可能性も残ってはいるが、そんな凄腕暗殺者がこの辺りに居るとは聞いたこともない。


「むしろこうやって混乱させるのが目的とか?」


 呟きつつも、意識は罠に向けたまま、解除した罠を脇に除け、次の罠に取り掛かる。


「ふぅ」


 いくつの罠を解除しただろうか。漸く道をふさぐ罠は消え、いつの間にかしゃがみながら罠の解除作業をしていた俺は立ち上がる。


「この先もこの調子で罠が続くならいったん戻った方がいいかも」


 罠を仕掛けた理由が俺だけをここに縛り付けておくという狙いなら、とどまり作業を続けては敵の思うつぼだ。


「正面は扉、か」


 歩き出し、進めばカンテラの光に浮かび上がったのは、木製の扉、そして通路の左手側の壁が不自然に途切れても居る。この通路は左に曲がってまだ続くのだろう。


「相変わらず気配はなしで――」


 左に曲がった先は、予想通り薄暗い通路が続いている。


「とりあえず、こっちかな」


 少し迷ってから、俺は扉の向こうを先に調べようと決め、まず扉の取っ手を調べた。


「罠は、なしか」


 もちろん、それで油断する気はなく、俺は扉を開け。


「え゛」


 凍り付いた。カンテラの光に照らされ、天井からぶら下がるのはいかがわしい縛り方をされた、骨。どこかの作家の家で目にしたような三角な木馬に跨るのも骨。


「拷問室かな?」


 だとすれば骨たちは犠牲者のなれの果ての筈だというのに、薄情にもそうであってほしいと思ってしまう自分が心のうちに居て。


「あれ? 壁に何か書いてあ」


 周囲を見回した俺は、文字を読んで絶句する。まず、大きな文字がこうだ。


『ヘイル様専用! 堪能していってね!』


 続けて、小さな文字。


『ここは勇者ヘイルが性癖を全開で楽しめるよう用意された歓迎ルームです。存分にドS心を解き放てるよう、この拠点に務める皆で協力してみました。無関係の方は驚かれたでしょう。じつはこの拠点に勇者ヘイルと言う極めて変態的な勇者が向かっているという知らせがありまして、言うのも憚られるような目に皆が遭わないようにこの部屋を用意したのです。この文字は魔法により特定の人物、そうドSのヘイルが読むと十数秒で消え去るようにしてあります。もし、あなたがドSのヘイルでなく、この文章を目にしたのなら、ご注意を。ドSのヘイルは、もうあなたの後ろに立っているかもしれません』


 なんなのだ、これは。ひょっとして、入口付近のこれ見よがしな罠は、俺に単独でこの部屋に入らせるためのモノだったというのか。


「帰りたい」


 俺は扉を開けたことを後悔し始めていた。



ヘイルを待ち受けていたのは、毒罠のオンパレードではなく変態ルームだった。


いったい何者がこんなオカシイ発想に至ったのか。


え、心を攻めるが上策? 意味がちょっと違いませんかねぇ?


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