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百四話「王都」


「待っていました、勇者ヘイルよ」


 たぶんアイリスさん達は一度到着していたからだろう。王都をぐるりと囲む城壁をくぐった先で、その集団は待ちかまえていた。最初に出会った頃のエリーシアと似た神官服に身を纏っている事で、相手方の素性は明らかだ。


「一応、お出迎えご苦労様って言っておきますね」


 そのエリーシアなら、口を開いた俺の背中に隠れるように貼り付いていた。返品するつもりはないと言っていたはずだが、色々やらかしては居たし、あちら側ではなくなった今の状態が不安なのだろう。


「労いには値しません。支持する勇者を出迎えるなど当然のことです」


 押し当てられた大きすぎる胸からエリーシアが震えているのを感じ取った俺のそっけない対応をどう取ったのか。顔色一つ変えずに言い換えされては内心も読みにくいが。


「宿の手配もしておきました。雑事に手を煩わされることなく、勇者の務めに励まれるよう」

「勇者の務め、ね。なら、俺達はすぐにでも動きたいところだけど――」


 エリーシアの精神的重圧を鑑みて、出来ればこの会話はさっさと切り上げたい。だからこそ、会話を打ち切ってもおかしくない理由を口にするも。


「それは感心な心がけです。動くと言うことは四天王の一人、ディロゲイウスの討伐に赴かれるのですな」


 情報収集するつもりだった俺へ上から目線で光神教会関係者の口にした名は俺にとって初めて聞くモノだった。だが、今日王都についたばかりの俺よりもその王都にでーんと神殿を構えてる光神教会の方がここで得られる情報を多く持っていても不思議はない。


「その前に、幾つか準備をするつもりだけどね」


 驚きを押し隠して返すと、後ろでに回した手で俺の服の端を握っているエリーシアの手を捕まえる。情報面で先に行かれている以上、ここはこれ以上ボロが出る前に退散すべきだろう。


「承知しました。何かありましたら私どもを訪ねられますよう。私どもがどこに居るかはエリーシア様がご存じの筈ですので」

「ありがとう、それじゃ」


 相変わらず動じるそぶりを見せない光神教会関係者に軽く頭を下げると俺はその脇を抜ける。


「……はぁ、ある程度わかってたつもりだったけどさ」


 嘆息する俺の手は片方がエリーシアの手を掴んだまま。もう一方が腕をマイにがっちりホールドされる事になったのは、たぶん仕方がないことだと思う。エリーシアの精神面が気になったからとは言え、目の前であんなこっとをされたら張り合おうとするのは仕方ない。


「良かったわねヘイル。両手に花よ?」

「両手に花は否定しないけどね」


 殺気すら帯びた視線がバシバシとんでくるのですが。この状況で情報収集はたぶん無理だろう。


「とは言えなぁ」


 情報収集のためにエリーシアには宿に居て貰おうにも、その宿は光神教会が用意したモノになりそうなのだ。そんな所で待っていて貰おう何て言えるはずもなく。


「仕方ないわね。情報収集は私達でやっておくから、ヘイルはその娘達と宿のチェックインとか宿方面の諸々をお願い出来るかしら?」

「ごめん」


 気を遣ってくれたのだろう。アイリスさんの申し出に俺はのるしかなく。


「そ、その」

「気に病まなくていいさ。そう言うことがあるって前もって考えておくべきだったんだろうから」


 申し訳なさそうなエリーシアをフォローしつつアイリスさん達と別れると、俺達は宿へと向かった。幸いと言って良いかは微妙だが、王都に立ち寄った際使う宿をエリーシアと世話係の人が事前に指定されていて、わざわざ道を尋ねる必要もなく宿へは着き。


「ヘイル様とエリーシア様のお部屋はこちらになります」

「……ありがとう」


 案内された部屋を見た時、俺はポーカーフェイスのまま礼を言えたか、自信がなかった。でーんと鎮座するダブルベッド、数人が優に入れそうな室内風呂。桃色を基調にした明かりの灯るベッドサイドのランプ。


「どこのラブホテルですか、これ」


 そんな言葉が喉まで出かかった。とりあえず、光神教会の関係者はエリーシアと俺の関係をそう言う関係と見なしているのだろう。まぁ、前金代わりに身柄を頂いたことになっているので、おかしな所は何もないと言えばそうなのだけれど。


「ヘイル様、こちらの部屋に枕持ってきますね」

「あー、うん」


 有無を言わさない表情のマイにそれ以外の何が言えるだろうか。


「とりあえず二人にベッドで寝て貰って、俺は床かな」


 それ以外に俺がこのピンチを逃れる術はたぶんない。部屋割りは、男性、女性、俺とエリーシアのアレな部屋という分け方をされているので、マイの空いたベッドは女性部屋にあるのだ。これでは、マイのベッドでかわりに寝るという選択肢も選べず。


「あ゛」


 そこまで考えて、一つの問題に思い至る。俺とマイが密かに毎日やっている追放ごっこをやる場所が今夜はなくなるという事実に。


「どうしよう」


 いや、追放ごっこを俺とエリーシア用のこの部屋でするなら場所はあるのだ。ただ、その場合まず間違いなくエリーシアに追放ごっこを目撃されることになり。


「うーん」


 一応、エリーシアが寝ている時にやれば良いのかも知れないが、俺達の声で目を覚ましたら要らぬ誤解を生んでしまうし。王都滞在中はこの状態が続くと考えると俺は頭を抱えるしかなかった。



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