百話「すっごく大きな胸、再び」
「ふぅ、誘導型の攻撃魔法でなかったのは助かった」
頭上を過ぎ去っていったのは、俺達の追いかけてた情報源を消し飛ばしたのと同じモノだろう。
「高威力長射程ってとこか」
射程距離は俺が気配を知覚できる範囲よりギリギリ外からこちらを狙えるぐらいはあるようだが、詠唱を完成させるにはこちらが相手を観察したり叫んだりした上で罠を喚び出せる位の時間がかかるらしい。
「追尾でも必中でもないなら、罠を使った変則的な軌道で――」
落とし穴を太い丸太を射出する罠と置き換え、丸太のかわりに自分を撃ち出す。
「ぐっ」
身体にそれなりの重力がかるも、歯を食いしばって耐えながら地面に顔を出したタイミングでロープによるつり下げ罠を穴の出口に設置。わざと引っかかることでロープを使って軌道を変える。戦い慣れはしていないのだろう。視界の端に軌道を変えなかった場合より少しずれた位置を灼く魔法の光が入り。
「なんのっ」
そのまま地面に叩き付けられる前にロープを切断し、地面を転がって一回転。
「うぐっ」
感謝すべきは体育の授業でならった柔道の受け身だろうか。
「よし」
詠唱が完成したばかりなら、先程観察した程度の時間的な猶予が産まれたことになり、罠を三つ使いはしたものの距離もある程度詰められた。
「このまま、障害物の多い場所に入れば、直接、狙いを定められることは、ない、はず」
走りながら呼吸を挟みつつポツリと漏らし、俺が走り込む方向にあるのは、雑多な木々が生えた林。それは女神官の横まで続いており、最初の詠唱中はこの林の木々の間に隠れていたのだと思われる。
「奥深く、でない、理由は」
おそらくエリーシアが何度か見せた苦労と同じだろう。木々の合間に胸がつっかえて動けなくなってしまうのを避けるには、林にはいるわけにはいかなかったという理由だ。
「そして、そうなってくる、とッ」
地を蹴って前に飛ぶ。頭上を何か光るモノが通り過ぎ。
「そりゃ、世話用の人間も居るよね」
アイリスさんが近くにいて魔族は使えない。ならば、世話係はおそらく人間だろう。例え襲いかかってきた相手が漆黒の軽装鎧と覆面で種族を悟らせない格好だったとしても、身長からするとドワーフはあり得ないし、妖精族の様に華奢な体つきもしていない。獣人系は可能性が残るが、女神官を掠う時に世話係もついでにゲットして例のマジックアイテムで支配しましたと言われた方が納得は出来る。そのアイテムがどれ程稀少なのかは不明だが、エリーシアの持っていたモノに続き二つ目があの女神官を支配しているなら、三つ目があっても不思議はなく。
「もっとも、ただの世話係程度っ」
「んぐん?!」
はっきり言って俺の敵にはならない。片手間に喚び出した罠で拘束し、そのまま林に飛び込む。狙いはおそらく俺、なら捕まえた推定世話係と離れなければ、あの女神官は諸共に攻撃してくる恐れがある。流石に同じ轍を短期間で二度踏むつもりはなかった。
「まぁ、世話係があの女神官より強いなら、わざわざ女神官を連れてくる必要なんてないもんね」
世話係が必要であり、攻撃もまだ肉迫した場合どんな攻撃手段があるかは不明だが、長所を生かすなら基本的に魔法による攻撃だろう。そも、アイリスさんのような発想にいたって肉体強化魔法を教え、適正でもなければ接近戦は体型的に厳しいと思う。
「世話係は足止め。女神官は固定砲台として運用し、場合によっては足止めの世話係ごと俺を消し飛ばす」
たぶんそういう狙いなのではないだろうか。
「マジックアイテムで支配してるとして、どの程度細かい指示を出せるのか未知数だけど、馬車の方は狙わずこっちに魔法を放っているってことは、狙いは俺かもしくは――」
本来の目的があの推定魔族の口封じで、仕留め損なった俺が自身を倒すもしくは確保しようと動き出したようなので応戦したか。
「もっとも、後者でも今逃げようとしたところで『こちらを狙うのを止めたならもう攻撃しなくて良いか』ってあっちが判断する保証はないし」
魔法の射程は長い。離脱までにかかる時間を鑑みれば、確保してしまった方が良い。何せ、こっちにはまだ捕獲手段が幾つもある。
「木々に身を隠して接近、罠で強襲して一気に捕まえる」
捕まえた後、マジックアイテムの効果を消す方法がわからなければ拘束した人間を二人程運びながらアイリスさん達を追いかけることになるかも知れないが、それはまだ考えない事にする。女神官の捕縛も無力化もまだなのだ。
「まだ、どころか、現在進行形で攻撃中だからね」
少し離れた場所で光が炸裂し、木々を吹き飛ばす様を目撃しつつ俺は拾った小枝を遠くの茂みに投げ込んだ。
ひゃくわめ なのに ひどい たいとる だ。




