九十九話「逃亡者と俺と」
「っ」
いきなりだった。俺が声をかけた人物がこちらに向かって何かを投げつけたのは。
「短剣、ね」
もっともそれは俺の喚び出したせり出す壁に弾かれて地面に転がったのだが。
「苦し紛れに何かしてきても反応出来るようにはしてたけど」
分かり易い敵対行動を取ったのは、もはや逃れ遂せぬと思ったのか、誤魔化してこの場を凌ぐような余力も既に存在しなかったのか。
「どちらにしても、ヘイルにとっては好都合であった。彼のドS心がうずく。『敵対行動をとったんだから、ちょっときつめのお仕置きをしても大丈夫だよね?』そう言っ」
「アイリスさん?! 変なナレーション入れないで!」
好都合までは間違ってはいないが、俺にうずくようなドS心なんてない。マイのおねだりに応えて追放ごっこをしている時だって、半分くらいは自分の人生について考えてしまったりするぐらいだというのに。
「お気に召さなかったかしら? ヘイルのイメージを前面に出せば、あっちの推定魔族も少しは口が軽くなると思ったのだけれど。こう、『俺は一体どんなことをされてしまうんだ?! やむを得ない、ここは正直に話して――』みたいな感じで」
「ないから! いや、まぁ、魔王への忠誠心が高くて自分から『拷問でも何でもするが良い』とか言ってくるようなドMを疑うような相手でも困るけどさ。城塞都市なんて守りの堅い所に潜入して居るぐらい優秀な人物が、我が身かわいさにあっさり口を割るとかあり得ないから!」
と言うか、そもそもこんなコントもどきなやりとりをしてる場合でもない。短絡的な行動に出る程目の前の人物は追い込まれているとは見るが、だからこそ、考えられるのだ。この追跡行を徒労に終わらせる手段を相手がとることも。
「んぐぅ?!」
「ふぅ、とりあえず確保成功、でいいかな? 」
だから、馬車を飛び降りるなり手にしていたロープで口にその一部を噛ませる形で相手を絡め取ることに成功した俺は安堵の息を漏らす。舌を噛んで自害でもされたら情報は手に入らず終いだ。
「相変わらず見事なロープ捌きよね。もう少しマニアックな縛り方をするかと思ったけど」
「相変わらずって言う程頻繁に何かを縛ってるつもりはないから! あとマニアックなって何? どういうこと?」
割と真剣な局面なので俺を使って遊ぶのは止めて頂きたいと切に思う。
「俺を社会的に殺傷しようとしてくるアイリスさんとは後できっちり話し合うとして、とりあえず、明らかに怪しい人物は捕まえたし、後は予定通りにしようか。レイミルさん、お願」
そこまで言いかけたところでだった。
「マイ、ゴメンっ」
俺は咄嗟にロープを手放して後方に飛びつつ足下の石を蹴り上げ、馬にぶつける。嘶きをあげて馬は視界の端で走り出し。
「ん゛」
先程捕まえたばかりの青年は、ロープで口を塞がれまともな悲鳴すらあげられず、真っ白な光に呑まれて消えた。
「ヘイル?!」
「ヘイル様?!」
「っ、大丈夫。ギリギリで察知出来たから。けど」
馬に石をぶつける一手間を最優先した結果、後方に飛ぶのが限界で俺は尻もちをついた不格好な状態で馬車から声をかけた二人に応じつつ、そちらを見る。
「まぁ、アイリスさんが居た時点で魔族が介入するのは不可能だったし、どうにかするならアイリスさんのアレの影響を受けない手駒を使うしかないってのはわかるんだけどさ、うん」
エリーシアと出会った時に比べれば、インパクトはない。だが、俺達の追っていた情報源を消し飛ばしたのは、遠目からも確認できるほど異常に大きな胸をしており。
「ユウキが居たなら、大喜びだったかな?」
軽口を叩いてみるが、口元は若干引きつっていたと思う。何とかかわした神聖魔法らしき一撃。あの場に立ったままなら俺まで消し飛んでいただろう。しかも、エリーシアのお仲間っぽい女性神官はこちらを向いて更に詠唱を始めているようであり。
「俺の見間違いで無ければ、あの子……エリーシアが差し出してきたネームプレートと同じのを首から提げてるような気がするんだよね」
これはあれだろうか、件のマジックアイテムで支配したエリーシアの同胞を刺客として差し向けてきたとかそう言う展開だろうか。
「光神教会のセキュリティはザルか!」
秘匿している存在を奪われた上、自分達が支持する勇者の刺客に使われるとか。光神教会の連中に言いたいことは増えたが、まずは眼前の刺客をどうにかしないとそれも敵わない。
「馬車はそのまま先に行ってて。護衛依頼の途中なんだから、最優先すべきは依頼人の身の安全でしょ」
そして、あの女性神官が敵であるならば攻撃手段は高威力の攻撃魔法になると思われる。
「馬車が狙われて馬車ごととか笑えないから」
俺を拾うには引き返して減速する必要がある。わざわざ狙いやすい隙を作るようなものだ
「それにあの子は近接格闘出来るようには思えないし、罠で攪乱して距離さえ詰めれば、無力化は難しく無いはず」
だから先に行っていてくれと俺は言うと、喚び出した落とし穴に自ら飛び込んだ。




