九十一話「伝説にあるもの」
「ええと、奇妙な物体というか、何というか……」
一言で言うなら、それは建造物だった。それが、浮遊して空を飛んでいる。
「『神は宮殿を浮かべ空を旅する』前にどこかでそんな一説を含む話を見たような気が……」
アレがその話にあった宮殿だとするなら、中には神様が居るのだろうか。
「アイリスさんがこの都市に居る以上、実は魔王城でしたってオチは無いと思うけど」
魔王であってもおそらくアイリスさんの無差別弱体化は効果を発揮する。和己さんこと魔王ゼグフーガの様に相殺する能力でもあれば話は別だが、あれは固有技能。世界に一つ、魔王ゼグフーガしか有さない技能だ。魔王の城ならアイリスさんの固有技能の影響を受け始めたところで進路を変えるだろう。
「神様、ね。ひょっとしてエリーシアに何か関連してるとか?」
エリーシアは光神の神官なのだ。あの空中宮殿の主がエリーシアの仕える神様なら、宮殿の現れた理由が、エリーシアにあっても不思議はない。
「って、よくよく考えると一応勇者の俺に何かあるって事もあるのか。あー」
触らぬ神に祟りなしとスルーすることも選択肢の一つに入れようとしていた俺は、遅れて避けることが不可能である可能性に思い至って唸った。
「おお、あれは竜の神が住まうという――」
もっとも、可能性は眼下で空を見上げてかすれた声を漏らした老人が、あっさりかき消してくれたのだけれど。
「どうしよう、と思ったら無関係とか……っと」
脱力感で思わずぶら下がっていた窓から落ちるところだったが、何とか持ちこたえ。
「戻ろう。気にならないって言うと嘘になるけど」
スルー出来ないような事件でも起きるなら、それは放っておいても俺達の耳に入るだろうし、神様についてのことを門外漢の俺がヒント無しで考えるより専門家に話を聞いた方が間違いはない。
「それに、全ての事柄が自分を中心に回っているとか思うようならそれって自意識過剰だから」
大騒ぎして全く自分とはかすりもしない他人事でしたって言うのも世界にはよくある話なのだ。前世でもクラスメイトのうわさ話が耳に入って意識するようになったら、噂の主は全く別の人でしたという失敗を俺はしたことがあった。
「ドSの件もそう言うのだったら良かったんだけど」
ともあれ、今回は軽挙妄動は慎むべきだと思う。俺もSランクパーティーのメンバーな訳だし、評価に恥じぬようどっしり構える必要だって時にはある。
「ここのところ狼狽えたり、ポカやらかしたりで良いところよりかっこ悪いところが目立ったもんなぁ」
そろそろ名誉挽回のタイミングなのでは無かろうか。
「護衛依頼をスマートにこなして王都に。情報もすんなりゲットして――」
ユウキと合流。かなうなら謀略の魔王の方にも何らかの手を打てると良い。
「手、かぁ」
呟いて俺は立ち止まる。空にはまだあの宮殿があるからか、往来で立ち止まる人は少なくない。まぁ、上を見上げてでないのは俺ぐらいだけれども。
「謀略のって名に冠すぐらいだし、手を打ってるのはむしろあっちの方だよね」
先代、なんて呼びたくはないが、敵であるあの馬鹿勇者の殺害にも成功しているのだ。
「今、この時も俺をどうにかする手を打ってても不思議はないし……あ、ひょっとして俺がドSなんてあり得ない噂が流れたのもあの魔王の仕業なんじゃ――」
大いにあり得る話だ。
「下手すると俺が勇者になったのにも一枚噛んでる可能性だってあるし、光神教会の内部にも手の者を潜り込ませて……って、いけないいけない」
さっき自分を中心に物事を考えるのは自意識過剰と自分で言ったばかりだというのに。
「けど、手の者を忍び込ませてるって言う所は普通にありそうかな」
俺達の側にと言うことはアイリスさんが一緒にいる限りほぼあり得ないが。もちろん過信は禁物だ。金銭を握らせて人間を雇う何て事をされれば、アイリスさんの固有技能も意味はない。
「エリーシアの世話係の人も念のため裏を洗ってみるべきか」
そこまで考えて俺は歩き出す。どうやらやる事というのは探せばすぐに出てきたり増えたりするようだった。
天空に浮かぶ建物というと、どうしてもアレが真っ先に来ますよね?




