九十話「家屋侵入判定は成功。音もたてず二階の窓をあけた君はそこから屋内に入り込んだ」
「ふぅ」
場所が場所で無ければ、俺はそう息を漏らしていたと思う。罠を設置もしくは解除する道具の類は家屋の浸入にも大活躍してくれた。足を踏み入れた獲物の足首を捕らえロープで逆さ吊りにする罠を召喚、流用して家の裏手から二回の高さまで一気に上がった後は道具を使って窓の鍵を開け、アナック邸に侵入し今に至る。明らかに不法侵入だが、それはそれ。
「話のタネになるかと思いまして」
とか言っておけば、あの作家なら追及されるどころか喜ぶような気がするし、そも人目を忍んで訪問しなくてはいけなくなった原因が家主が玄関に放置した三角木馬なのだ。
「と言うか、俺が発見された場合を想定したけど、こっそり忍び込んだわけだし、逆に俺が見ては行けないモノを目撃してしまったって展開も――」
あの作家の家だと思うとありそうな気がしてしまうのは何故だろう。
「運び込んだ三角木馬を早速使ってる光景が目の前に……いや、流石にないない」
そもそも自分で用意して家に運び込んだのだ。それを使っていても何の不思議もないし、仮に目撃したとしてもそれは見てはいけないモノにはあたらないと思う。ついでに言うなら、気配の面でも不意打ちで視界内に三角木馬に跨って登場することはまずあり得ず。
「むしろこの手のケースで言うところの見てはならないモノというと『殺害された人の遺体』とか『栽培されてる違法薬物の原料』とか、そう言うのだろうし」
なので部屋のど真ん中に不気味な焼き物の人形が佇んでいたとしても、それは見てはいけないモノには入らない。人形が置いてある理由だって仕事の資料だと考えるのが無難だ。
「警備用の動く人形って可能性もゼロじゃないけど、見た感じ警備が必要な程大切なモノや高価なモノをしまっている部屋には見えないし……うん」
とりあえず、俺はスルーすることに決めた。ツッコミを入れたらきりがない気もするし、勝手にお邪魔した上身の上なのだ。家主の美的感覚やら何やらに文句をつける権利なんて無い。
個人的には用件を済ませてさっさと帰りたい、だから。
「……と言うわけで、三角木馬の家の家主と面識があると人に知られたくなくて忍び込んだ訳ですが」
「その節は、アナ先生がご迷惑をおかけしました」
途中から感じていた気配の主に事情を説明しつつ切り出せば、椅子に座っていた人物がこちらに向き直り、頭を下げる。良かった。反応から見てもあの作家と違ってまともそうな依頼人に見える。
「護衛の件に関しましてはギルドの方で大まかなことはお聞きになってると思います。そう言うことでしたら、詳細については私の方から明日にでもそちらの滞在先にお伺いしましょう」
「ありがとうございます」
そして、配慮が完璧だった。あの作家だからこそこの配慮の行き届きっぷりなのか、それとも比較する相手が相手だからよりいっそう常識人に見えるのか。
「では、翌日」
「はい、宜しくお願いします。アナック先生にも宜しくお伝え下さい」
「こちらこそ、宜しくお願い致します。先生には来客のあったこと、確かに伝えておきます」
話はトントン拍子に進んだ。うまく行きすぎて怖いくらいだ、だが、だからこそ油断しない。この家を出るまでに家主と遭遇するかも知れないのだ。
「急ごう」
一応家の中の依頼人以外の気配がどこにあるかを探ってみるも、気配は一階であり何らかの理由で階段を上ってこの二階に来なければ遭遇する恐れはなさそうで。
「ふぅ」
何処かデジャヴすら感じながら俺は嘆息する。そこは、俺が侵入した窓のある部屋。
「ここまで来れば大丈夫、とか言うとフラグになるんだよな」
わざわざお約束をやらかすつもりもなかった。敢えて口に出さず、心の中で呟いて開いた窓をくぐる。
「ん?」
丁度その時だった。空に浮かぶ奇妙な物体を見つけたのは。
わりとどうでもいいことですが、闇谷にTRPG経験はほぼありません。リプレイはいくらか読んだことのある生き物ですけどね。




