八十八話「やっぱり奴らのせい」
「そんなことだとは、思ってたけどさぁ……うん」
エリーシアが急に服を脱ぎだした理由は、光神教会の連中に何やら吹き込まれていたからだった。
「まぁ、『そういう目的』で送り込まれたことを鑑みれば予想できたはずなのだから、今回はヘイルの落ち度よね」
アイリスさんにそう言われたが、反論のしようもない。言っていることはもっともだったのだから。脱衣を止める説得で余計な時間を使いつつもなんとか場を収集して、俺は宿の部屋で机に突っ伏していた。今ここに居るのはアイリスさんと俺、そしてマイの転生組だけだ。
「エリーシアについては、もう一度しっかり話し合わないとなぁ」
「そうね。ヘイルがハーレムルートを選んだなら選んだで、戻って来たユウキがどんな顔をするのか楽しみだし」
「何の話?! 違うから。いや、まぁ、魔王を倒したらエリーシアがどうするのかと言う意味なら考えなきゃいけないけどさ……」
これまでの扱われ方を考えると光神教会には返せないし、ならどうすればいいかと言うと全く持ってアイデアがない。肉体強化魔法が使えるようになれば身の回りの世話をする人が居ないと日常生活も難しいということはなくなるかもしれないが、あくまでそれは万全のコンディションの場合の話。風邪をひいて熱で頭がボーッとして強化魔法が使えないなんてことになった日には、一人で暮らすのは厳しいだろう。
「確かに、誰かいざと言うときに面倒を見てくれる人は必要だとは思うよ。それが生涯の伴侶ならベストかなとも思う。思うけど――」
最初に考えたのは、マイがどう思うかだった。だから、視線は前世の幼馴染を探し。
「私はいいよ? 智くんがハーレムしたいなら」
「ちょっ」
OKを出すマイに俺の顔は引きつった。
「いいよって、普通ここは反対するものだよね?」
「だって、あの子……放り出されたら教会に戻るしかないんだよ?」
「や、それはそうなんだけど……」
マイは嫌じゃないのと、つい聞きかけた。
「智くん、私が嫌だって思うんじゃないかって気にしてるの?」
ただ、相手は前世での幼馴染だ。隠そうとしてもお見通しの様であり。
「私ね、『寝取られ』ってどういうモノなのかちょっと興味が沸いちゃっ」
「アイリスさん、俺ってこういう時注意した方が良いのかな?」
手遅れの変態さんはやっぱり変態さんでした。
「注意するのも一つの手だけれど、その結果お子様にはとても聞かせられないような方向に話が転がるかもしれないわね」
「うん、俺もその危惧は抱いてた」
そこをひっくるめて答えと助けを求めたつもりだったのだが。
「とりあえず、そっちの娘の興味はそこの引き出しにしまっておくとして、一夫多妻については貴族とか成功した人間の間になら普通に存在してるし、世界的には許されてるわよ」
「知ってる。Aランクでパーティーメンバー二人を妻にしてる冒険者なら前に一度仕事で組んでるし。あの時アイリスさんもいたよね?」
「そうね」
俺が尋ねればアイリスさんは肯定して窓の外を見た。太陽が随分低い位置にまで降りてきている。
「そう言えばその後だっけ、三人目の勇者と出会ったのって」
今の俺も勇者である訳だけれど、だからこそ考えてしまう。もしエリーシアが行動を共にする勇者が俺のであったことのある他の勇者だったらなんて意味もない仮定の先を。
「一人目はバカで人物的にも酷い上に既に死んでるから仮定する必要もないとして、二人目は『全身鎧を着て一言も話さない正体不明』かぁ」
会話をしないからこそ、傲慢だったエリーシアが一方的に行動を指示する形になったと思うが、どこかで貯まりたまった勇者側の不満が爆発してパーティー解散になるんじゃないだろうか。
「三人目……シャルロットはお人好しなところもあるけど、エリーシアが完全な足手まといになるから、申し訳なさそうにその辺りを指摘してお引き取りを願う形になるかな」
俺に弟子入りしたことで罠や毒を使って相手を弱らせたり死角から不意打ちするとか、戦闘パターンが暗殺者のソレに酷似したモノとなってしまったあの子からすると、ちょっと狭いところに入ろうとすると胸のつっかえるエリーシアは本当に邪魔にしかならないだろう。
「つまり、その師である俺と行動するのも相性は悪かった筈なんだけど」
肉体強化魔法を使わせると言う案でその問題をある程度解決してくれたアイリスさんには、ただ感謝するしかない。
「エリーシアをほっとけないから連れて行くって決めたのは、ある意味俺のわがままだし」
そんな俺に力を貸してくれる良い仲間をもてたのは、僥倖だろう。
「アイリスさん、マイ。ゴメン、それとありがとう」
アイリスさんはからかってくるものの、なんやかんやで助けてくれるし。さっきは変態さん扱いしたが、いくらマイでも寝取られに興味を云々の発言は、考えてみると少しおかしかった。エリーシアの行動にいちいち張り合うマイが自分以外に俺が奪われるのを望むなんて。おそらくは俺の気が軽くなるように、わざとああいったのだ。つまり、気を遣わせている。
「借りばかり大きくなるな」
どこかで、この借りは返さないと。声には出さず胸中で俺は誓うのだった。
え、ノクターン? 行きませんよ。
と言う訳で、「お子様にはとても聞かせられないような方向」は希望者のみ各自想像で補完してくださいな。




