連載百回突破記念「天然わんこ系女勇者の今」
「ふぅ」
ドサッと倒れる音がして、振り返ったボクは倒した魔物の骸を前に安堵の息をつく。
「やっぱりお師匠様の様に上手くはできないなぁ」
職業が違うのだから仕方がないと言えば仕方がないのだけれど。
「罠師」
それがボクのお師匠様の職業で、罠を召喚したり魔法で強化して戦う上級職だ。勇者のボクとは職業も違うから参考にはならないと言われたけれど、それでも頼み込んで弟子にして貰い、学んだことはこうして今でも役に立っている。
「さてと、マキビシ回収しておかなくちゃ」
呟いて屈めば、赤黒い血で濡れた金属のトゲが草の中から幾つか先端を見せていた。戦いのさなかに撒いたコレが踏んだ魔物の機動力を潰してくれたお陰で、ボクは戦いを優位に進められた。
「本当に便利だなぁ、罠って。野営の時もしかけておけば身を守れるし」
同行者や仲間が居る時は使用を制限されるのが玉に瑕ではあるものの、単独で動いている今は何の問題もない。たまには人恋しくなる事もあるけど、今は我慢の時だ。今、ボクが倒さなくてはいけない悪は警戒心が強く、パーティーを組んで討伐に向かう事など不可能だったのだから。
「まぁ、そこまで警戒心を高めたのは、腹心が全員ボクやお師匠様達に討たれちゃったから何だけど……」
あの時一緒に旅をしたお師匠様達は今どこで何をされて居るんだろう。
「邪神を復活させる前に大神官さえ倒してしまえば、ボクの任務も終わる……」
そうすれば、普通の女の子に戻れるのだ。
「ううん、その前にお世話になった人に報告かな。お師匠様に、アイリスさんに、ユウキさん、それから……って、いけないいけない。まだ贄捧殿にすらたどり着いてないのに」
生け贄を捧げ邪神をこの世界に具現化させるため立てられたと言われる邪悪な神殿。先代の勇者に破壊され、再建されることのない様見張りをつけて監視下に置かれていた贄捧殿跡地の地面が割れ、醜悪な神殿がせり出してきたのはボクが勇者になる二年前の事。神殿から這い出てきた膨大な数の魔物に当時監視をしていた人達は逃げるのがやっとだったという。
「その魔物も、大半はもう居ない」
おそらくは復讐のために先代勇者の出身国へ侵攻しようとした魔物の軍勢が出会ったのは、魔物を問答無用で弱体化させてしまう上級魔法職の女性と彼女をパーティーメンバーとした一つの冒険者パーティーだった。一つの国を滅ぼせるだけの質と量を備えていた魔物の軍勢は弱体化させられ、実力の半分も出せずに、蹂躙され、指揮官だった大神官の腹心の一人とともに滅んだ。
「とは言え、目的地に魔物が全く居ないとは思えないし」
ボクには魔物を弱体化させるような特殊な力はない。ここからの道中は過酷を極めると思う。
「出来るだけ戦いは避けて行かなくちゃ。人の住んでる場所はないから物の補充も出来ないから――」
呟いて、荷物を確かめる。目的地の場所はわかっているから、到達に何日かかるかのおおよそな見当はつく。もっとも、それもただ歩いて向かう場合のみの場合のモノだけれど。
「うん、足りるとは思うけど、状況を見て難しいようなら引き返すしかないかな」
無茶をする気はなかった。単独行動中だから失敗すればフォローしてくれる人も居ない。
「隠密行動はお師匠様も筋が良いって言ってくれたけど、過信は禁物だもんね」
とりあえず、魔物の死体の側を離れつつ呟いて空を見上げる。
「太陽があの位置なら……今の内に距離を稼いでおかないと」
日が落ちたら周囲がどれくらい暗くなるかは、既に経験済みだった。
「途中で採取もしておかないと」
大自然からは食料だけではなく、簡易な道具や罠の材料も手に入る。みんなお師匠様から教わったことだ。
「あ、あの傘はたしか幻覚症状を起こすキノコだっけ。忍び込む時に使えるかも――」
視界に入った毒キノコに歩み寄ったボクは危険物用の袋に摘んだそれを押し込み、再び歩き出し。
「これは、お腹を壊すキノコだったような……どうしよう。効果があるのは間違いないけど」
少し迷ってからボクは次に見つけたキノコも危険物の袋に押し込んだ。
その勇者の名はシャルロット。
そしてこの数日後、大神官は勇者の手によってトイレの前で討たれたと言う。




