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八十五話裏「その名はマチョ・マジカ(とある町人視点)」

「ハッ、お待たせしたッ!」


 それが現れた瞬間、僕の思考は停止した。今からパーティーにでも行くかのような礼服に身を包み、逆さにした革袋を被って顔を隠した男が胸の前で両拳をぶつけ合わせるかのようなポーズで体をひねっていたのだから。待っていない、僕はただ見たこともないくらい胸の大きな女性聖職者を見かけて足を止めていただけだ。周囲で足を止めていた人もそうだろう。隣のおじさんなど唖然とした表情でその怪しい人を見て固まっているし、その男の登場はきっと誰も予想していなかったと思う。


「私の名前はマチョ・マジカッ! 何の変哲もない、ムゥンッ、ただの手品師だッ!」


 聞いても居ないのに名乗った男は、僕を含めて理解の追い付いていない人たちに頓着する様子も見せず、女性聖職者へ歩み寄る。


「え、知り合いだったの?」


 なんて声がどこからか上がるが、女性聖職者の方も困惑している様子が見受けられて、僕には知り合いの様には見えず。


「手品師」


 怪しさとうさん臭さの固まりに変態性を追加して擬人化した様な男はそう名乗った。


「うーん」


 路上で芸を披露する芸人があの聖職者の姿に足を止めた僕たちを見て、商売をするいい機会だと思ったとするなら説明は付く。礼服と言うのも手品師と言う職業にはマッチしているとは思うのに、僕の中の何かが男の名乗りに納得できず。


「手品師ってことは、今から手品をするのか?」


 疑問の声が少し離れたところであがったけれど、発言者は勇者だと思う。僕だったら、あんな変な男とは関わり合いになりたくない。と言うか、心のどこかでここを立ち去るべきなんじゃないかとさえ思い始めていたのだ。それでも立ち去らないのは、僕も一人の男だったということだろう。


「大きなおっぱいに興味を持つのは男の性でござるからな」


 と、以前見かけた旅の冒険者も言っていたし、僕たちの視線を浴びて身じろぎする度に揺れるそれをちらりと見てしまうのも、きっと仕方がないことなのだ、ただ。


「その通りッ、フッ! 今から行う手品は、ムゥンッ! 人体消失ッ!」

「服だけ消失にしてくださいッ!」


 自称手品師の言葉にすぐさま叫んだ誰か程、僕は堕ちてはいない。それは信じてほしい。


「服消失だと?!」

「なんて破廉恥な!」

「待て、それで俺たちの服が消失したらどうする!」


 そう、信じてほしい。たとえ騒ぎ出した周囲の人達の会話の内容がアレだとしても、僕は無実だ。


「あの聖職者のお姉さんの胸を見て足を止めたんだもんな……」


 この手の発想が飛び出してきても不思議はないのだろう。そして、このまま足を止めていれば、僕もお仲間と見なされて仕方がないのかもしれない、いや。


「つーか、俺たちの服が消えたらっていうけどさ。最初に叫んでたやつも誰の服って指定してないよな? もし、あの手品師が急に素っ裸になったらどうするよ?」

「うげっ」

「僕はこの場を去るかな」


 すでにお仲間だったのだろう。新たに問題を提起した誰かの言葉につい答えてしまったりしている程度に。


「俺は、それでもいいかな」


 だが、ポツリとまんざらでもなさそうなコメントをしたヤツとのお仲間認定だけはやめてほしい。僕はあくまでごく普通のパン屋の店員なのだ。聖職者のお姉さんの胸に目がいったのだって、そう、半分くらいはあんな感じに大きくて柔らかなパンができないかなって思っただけだし。


「リクエストはありがたいが、フンッ! 流石にそれは問題だッ! よって、予定に変更はないッ!」


 そういう僕だから、意外にもごく常識的な発言をしたマチョ何とかに幾らかの驚きを伴いつつも安堵した。少しは残念にも思ったけれど、聖職者の裸を全力で期待する近くの誰か程堕ちたつもりはない。もちろん、それならこの場を立ち去ってしまえばよかったのかもしれない。


「しっかし、人体消失とか本当に出来るのかね?」


 立ち去らせなかったのは、偶然にも誰かの漏らした疑問を僕も思ったからだ。決して、聖職者のお姉さんの胸をもうちょっと見ていたかったからではなく。


「では始めようッ! マッスル・バニッシュ、ヌゥゥゥゥンッ!」


 宣言と共にまた変なポーズを自称手品師がとった直後だった。


「「消えた!」」


 それまで居たはずの聖職者のお姉さんの姿は、立って居た場所から確かに消失していたのだ。



目指したのはマシュ・ガイアーだけど、あっちより若干勢いとキャラが弱いかなぁ。


マシュ・ガイアーについては拙作二次創作「強くて逃亡者」に登場したキャラと言うか主人公のかりそめの姿です。目的がほぼ同じだとどうしても比べてしまう。



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