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八十五話「誕生」


「これ以上の時間の浪費は避けるべき、と言うか無駄に時間を使ってしまってるのがすでに痛恨事だしなぁ」


 今この時間もエリーシアは好奇の視線にさらされているのだ。コントなんてやってる場合じゃない。


「あんまりやりたくなかったけど、アレをやるしかないか」

「アレ?」

「うん。簡単に言うとぶっつけ本番で即興のキャラを演じて駄目だったら今回限り、いけそうなら今後も続ける」


 所謂行き当たりばったりというやつだ。


「既存のキャラクターを拝借してくるって手もあるんだけど、こっちは大きな問題がね……」

「著作権?」

「違うから。創作物ならともかく、リアルで著作権とか……そうじゃなくて、創作物からキャラを持ってくると、オリジナル知ってる人には○○(なになに)の真似してるってのが一発でわかっちゃうでしょ?」


 結果として、その人物が本来の自分とは違う人格を演じているとバレてしまうのだ。それが前世のキャラであれば、転生者かトリッパーであるということまでばれてしまうということなのだが、マイとアイリスさん以外もいるこの場でそこまで説明できるはずもなく。


「それは残念。アナック先生のこの最新作に出てくる脇役など手品師ならはまり役だと思うのだが……」


 できれば記憶から消し去りたい依頼人の作品の本をいきなり取り出してきた召喚師のレイミルさんには気持ちだけ受け取っておきますねとおざなりな対応をするが、仕方ないと思う。


「と言うか、アレ見てもまだファンなんだ」


 家の入口の脇に三角木馬があった時点で俺だったらファンを辞めてるところだけれど。


「アレ見て態度が変わらないほど内容が面白いとか……いや、やめておこう」


 全く興味がないというと嘘になるが、万が一俺までレイミルさんみたいになったら、あの変態リクエストを断れる気がしない。


「と言う訳で話を戻して、演じるキャラなんだけど……」


 ぶっつけ本番で即興なら、必要なのは勢いだ。勢いさえあれば観客の反応がいまいちでも無理やり状況を進めることは可能だし、躊躇してこれ以上の時間浪費を避けたい俺としても強行出来るキャラは好ましい。


「その結果、ハッ! 出来上がったキャラが、ムゥンッ! これだッ!」


 勢いを求めた結果、勢いから力強さを連想し、気が付いたらことあるごとにポージングを挟むえせマッチョが誕生していた。


「ヘイル……」

「言いたい、フンッ! ことは解かる、ヌゥンッ! つもりだが、今の俺はヘイルではなく、ンッ! 一介の手品師だッ!」


 手品師とは程遠いとか、言うツッコミは無用に願うッ。しかし、惜しむべくは、俺にボディービルとかポージングの知識が乏しいことだッ。


「付け焼刃の、ハッ! 悲しさかッ!」

「ヘイ……一介の手品師さん」


 アイリスさんが、ものすごく何か言いたげな目を向けてくるが、気持ちはわかる。


「解かっているッ、ヌッ! その呼び方では、ヌゥンッ! 呼びづらいというのだろうッ? ちゃんと名前も、フッ! 考えてあるッ!」


 即興だからひねりがないのが、残念なところだがッ。


「一人称も変えたッ! 私の名前はマチョ・マジカッ! 何の変哲もない、ムゥンッ、ただの手品師だッ!」

「そういえば、反応いまいちでも突っ走るんだったわね。有言実行ということなら、いうことは何もないわ」


 うん、滑りっぱなしのお笑い芸人みたいだと、思わなくもない。だけど、俺は止まれないから。その先に救いを求める人が、いるから、止まるわけにはいかない。


「着替えたら、ハァッ! 行くぞ、私の助手ッ!」

「何故かしらね、ものすごく首を縦に振りたくないのだけど……まぁ、あの娘をこれ以上晒し者にするわけにもいかないものね」


 アイリスさんの同意、を取り付けた俺、もとい私は、その後仲間達に着替えてくると告げて、物陰に引っ込む。


「顔を隠すのは、ヌゥンッ! 袋に視界確保の穴をあけてかぶればいいかッ!」


 見た目の怪しさが増すが、手品師だからなッ、問題ないッ。


「ふぅ、これで、ムゥンッ、いいだろうッ!」


 こうして、着替えを終えたことで、この世界に新たな人物が誕生したのだったッ。

 


今度は危うく止まるんじゃねぇぞするところだった。


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