98.強い心の勝利
カナの眼は燃えるように赤くなり、肌も赤みを帯びていく。
このまま行くと、肌が鱗になり、ドラゴンの姿になってしまいそうな気配だ。
一方のイズミは、そんなカナの変貌を楽しそうに眺めている。
不気味な笑いを浮かべているが、イズミ本人なら決して見せることのない表情だ。
「なぜ姿を現さないのかしら?
どうしてその子に取り憑いたままなのかしら?」
「貴様を殺すのに、姿をさらす必要はない。
これで十分」
「顕現するための魔力は、この会場に溢れているわよ。
なにせ、特上の魔力を持つ魔法少女が一杯いるから」
「そうやって、封印の機会を得ようとしているな。
貴様の手には乗らぬ」
「あら、封印用の宝玉は持っていないわよ」
「それはどこにある?」
「後ろの黒猫がくわえているわよ」
「後ろを振り向かせて、油断をさせるつもりだな。
姑息な奴め」
「本当よ。
意外に臆病なのね。
だから、魔力の強い魔女の体の中で眠り続けていたのかしら?」
「黙れ、俗物!」
突然、カナの左手の先に、直径1.5メートルもの赤く輝く魔方陣が出現した。
そこから、同じ太さの火炎が、轟音を立てながら噴出する。
イズミは、それを横飛びで回避した。
地面に倒れ込むも、回転して素速く起き上がる。
「あらあら、ドラーゴ・ロッソ並の火炎を操れるのね」
「そういえば、そんな奴がいたな。
邪魔だ、失せろ!」
カナは正面のイズミを向いたまま、左手を横へ伸ばし、手のひらをドラーゴ・ロッソの方へ向ける。
それから、一瞥することなく、横向きの火柱を噴射した。
「ぐはっ!!」
猛烈な火炎をまともに食らったドラーゴ・ロッソの巨体が、紙のように吹き飛ぶ。
炎の柱が炎の塊を弾き飛ばした瞬間だ。
巨体は結界に激突し、横たわったまま動かなくなった。
観客は皆、恐怖の叫び声を上げる。
覚醒した炎竜がカナに憑依していることは、誰も気づいていない。
なので、魔力を全開にしたカナが暴走しているように見えているのだ。
「まあ、乱暴なことを……」
「今度は、貴様の番だ」
カナは、イズミに左手のひらを向ける。
イズミは、肩をすくめてみせた。
「言い残すことも言わせてくれないのね」
「時間稼ぎになることは、一切排除する」
「言っておくけれど、この体は私のじゃないから、燃やしても私は死なないわよ」
「かまわぬ。そやつは、貴様の手先となって我を封印する命を受けているから、先に灰にしてやる」
と突然、カナが震え出した。
そして、苦しそうな言葉を発した。
「させ……ない……」
それを遮るように、カナは普通に声を出す。
「何を言う。目の前の女を殺せ」
苦しそうなカナと普通のカナが会話を始めた。
「絶対……に……させない……」
「言うことを聞け」
「なんと……しても……イズミを……救う……」
「無駄だ。汝は我の思うとおりに行動……」
「眠りなさい……」
「やめろ……」
「眠り……」
「や……め……」
「……なさい!」
「……っ!」
数秒後、全身を大きく震わせたカナは、大きな深呼吸をした。
「さあ、炎竜を自力で眠らせたわ!
その次は、イズミの奪還よ!」