9.イズミ登場
カナの左の視界に、ユカリの顔が入ってくる。
幅の広い日焼けした顔、つり上がった三角形の目、描いたような眉、低い鼻、分厚い唇。
「やっぱな。蜂乗んとこのガキか。
マコトの敵討ちが、姉貴じゃなくて妹だから、笑えるよな。
しっかし、この体のどこに魔力ためてんだぁ?
こんな細い体で、普通なら、爆裂魔法なんか使えんだろ?
卑怯なことしてねえか、身体検査だな」
ユカリの太い指が、服の上から、カナの体を這い回る。
さりげなく、胸も、尻も、太ももまでも触られた。
しかし、カナは叫び声を上げることが出来ない。
「おっかしいなぁ……。なんか仕掛けを隠してやがると思ったんだが。
とすっと、荷物ん中か? どれどれ……」
ユカリがバックのジッパーを引く音。
ゴソゴソと中をかき回している音。
相当な乱暴者であることが、音でわかる。
「あーあ、見っけちゃったぁ。
このマナ補充機。大会の規定外のもんだぜ。
所持してた場合、違反者で失格。
今から通報してもいいんだぜ」
カナは、そんな話を聞いていないし、入れたミナが間違うはずないから、それは嘘だと思った。
しかし、言葉が出ないので言い返せない。
「取引と行こうか?
大会の規定外の物を黙っててやるから、その体に触らせろ。
なーに、ちょっといただきたい物を頂戴するだけさ」
おそらく、魔力を奪うのだろう。
ユカリの太い指が、カナの胸に向かって伸びていく。
覚悟をするカナだが、彼女は震えることも目をつぶることもできないでいる。
ついに、指が胸の先端に触れた。
その刹那――、
「大会の規定外の物なら、不正は許せないわ!
それを隠蔽して、取引に使うなんか、もってのほか!
本当に規定外なのか、私にも見せなさいよ!」
更衣室の扉が大きく開いて、紫色の襟とミニスカートの、セーラー服姿の少女が飛び込んできた。
彼女は、バッグのそばにあったマナ補充機を素速く取り上げて、目を落とす。
「これ、規定通りのマナ補充機よ。卑怯な女の子じゃないわ」
「誰だ、てめーは!?」
「五潘イズミ」
「五潘? ああ、火炎魔法の一族か。
下っ端の一族が、しゃしゃり出るんじゃねぇ!」
「私、曲がったことが嫌いなの。
だから、彼女が違反者か、証拠を検分しただけよ。
規定外は、製造番号の下4桁が5000番台。
これは、6000番」
「ちっ、見間違えたか」
「ずいぶんな見間違いね。
下手な言い訳する前に、その子の呪縛を解きなさいよ。無罪なんだから」
「畜生!」
「ちくしょーじゃなくて、ちゃんと、この子に謝んなさいよ!」
「……見間違えて、わりーな!」
カナは、束縛されていた体が動けるようになったものの、脱力してしまい、へなへなと座り込んだ。
ユカリは、紫色のセーラー服で素速く巨体を包み、大股で更衣室を出て行った。
腕を組んでユカリを見送ったイズミが、カナの方へ近づき、視線を落とす。
艶々のロングストレートの黒髪が、さらっと揺れる。
髪の微香が、カナの鼻をくすぐった。
キリッとした眉、射貫くような鋭い黒目、高い鼻、真一文字の唇。
そして、ツルツルの陶器のような肌。
凛とした表情は、ユカリがいなくなっても崩さない。
「全く、油断も隙もないわね、あの変態デブは」
「あ、ありがとうございました」
「あなた、蜂乗カナさんでしょう?」
「はい。本当にありがとう――」
「礼なんか要らないわ。
私、曲がったことが嫌いなの。不正は見逃せないの。
ただそれだけ」
「でも、――」
「お礼を言われても、嬉しくないから。言うだけ、無駄よ。
それより、あなたと対戦するのは、ブロックが違うから、おそらく決勝戦ね。
勝ち残りなさいよ。
それなら――嬉しいから」
そう言うと、イズミは腕組みしたまま回れ右をして、スタスタと更衣室から出て行った。