88.一陣の熱風
グラウンドの中央へと向かうカナは、近づいてくるイズミの表情を読み取ろうと目を凝らす。
どうやら、イズミの方もカナの顔をじっと見ている様子。
それで、視線が空中でぶつかり、火花を散らすような錯覚を引き起こす。
向こうは、眉間に皺が寄っているようにも見える。
白い歯は見えず、口は真一文字だ。
あれほどのイズミの険しい表情を見たことがない。
敵愾心さえ感じる。
まるで、昨日の友は今日の敵。
真剣勝負だから、ニコニコしないのは当然である。
だが、この試合は意味が違う。
炎竜を覚醒させるか、それを阻止するかの戦いだ。
急に、カナの胸中に、笑みを湛えたイズミの顔がよぎった。
踏み出した足が、少し躓きかける。
歩幅が狭くなっていく。
昨日までの態度を180度変えて良いものかと迷う心が、さらに歩みをのろくする。
なので、イズミが先に位置に着いた。
審判員まで、配置についてしまった。
イズミが口を開いて何か言っている。
カナは、サラウンドスピーカーからのマッシブな音のごとく聞こえる声援を掻き分けてきた「おじけ」の言葉しか聞き取れなかった。
怖じ気づいたのか、ということだろう。
この言葉に、カナは全身の血が沸いてきた。
イズミは、艶々のロングストレートの黒髪を掻き上げる。
「私、………………嫌いなの」
彼女の断片的に聞こえてくる言葉を、カナは補完する。
『私、出来るのにやろうとしない人、嫌いなの』
補った言葉は、弱い自分への戒め。
これで俄然奮起したカナは、大股になって歩み始めた。
すると、それを待っていたかのように、イズミが右手を挙げて何かを詠唱する。
一陣の熱い風が、カナの衣服をなびかせる。
続いて、小型の竜巻のようなものが、イズミの右横で発生した。
「この熱風――ってことは、あいつが来るわよ!」
今の今までリンのことを忘れていたカナは、その声にビクッとなった。
声の方を向くと、宙に浮いたリンが、顔の前に右の前足をかざしている。
「来るって!?」
「ドラーゴ・ロッソ。
あの子の使い魔の炎竜よ」
リンの『炎竜』という言葉に、カナは足がすくんだ。