82.炎竜返還要求
マイコは、戸惑うカトリーンを睨みつけながら、初耳の情報から疑問を整理していた。
炎竜が宝玉に封じ込められてヘルヴェティア王家から持ち出されたのは、二百年前。
十一姫は二百歳だから、彼女が持ち出したわけではない。
なら、彼女は、いつ、どうやって宝玉を手に入れたのか?
その目的は?
百年以上続く蜂乗家が、いつ、どうやって彼女が持っている宝玉から炎竜を取り出して受け継いだのか?
受け継いだ炎竜を、彼女が取り戻そうとした話は、何一つ聞いていない。
では、今まで彼女は、なぜ取り戻そうとしなかったのか?
さらに彼女は、炎竜が蜂乗カナに宿っていることを知っていたはずなのに、それをカトリーンに伝えていない。
まるで、盗難の被害者を装っている。
それはなぜか?
「覚醒させることが、そんなに大問題だとは……。
なら、炎竜が覚醒したところを見たことがあるのですか?」
そんなカトリーンの言葉がヘッドセットから聞こえてきて、マイコはハッと我に返った。
思い出してみると、覚醒したところを見ていない。
自分に宿っていることに気づいた後、『それは非常に恐ろしいことだ』と、親を含めて周囲から聞かされただけだ。
もしかして、興味本位に覚醒させないための忠告だったのだろうか。
だとすると、今の今まで、騙されていたことになる。
そう考えるマイコは、またカトリーンの顔が霞んでいった。
「上の空のようですが、人の話を聞いていますか?」
また我に返るマイコ。
「もちろん、聞いています。
今は、恐ろしい出来事をちょっと思い出して――」
「嘘です。目でわかります」
マイコは、しまったという気持ちが顔に出ていないか、警戒した。
「考え事が挟まっただけです」
「……まあ、いいでしょう。
炎竜の覚醒自体は、何も問題はありません。
単に、巨大な姿を表に見せるだけです。
問題は、宿主がそれを制御できるか否か。
暴走しても押さえ込むことが出来るかどうかです」
「なら、覚醒した直後は大丈夫だとでも?」
「やはり、知らないのですね。
いかにも、知っているかのような口ぶり。
世界三大魔女が、この程度のお方とは、呆れました」
「……」
「とにかく、覚醒して、表に出た瞬間、このアミュレットに封じ込めます」
「それを、なぜ、わざわざ試合中に行うのですか?」
「そのようなことを、いちいち説明させるのですか?
頭の回転も優れないのですね」
「侮辱するのですか!」
「おお、怖っ……。
何もわかっていないのですね。
ふぅ……。わからないなら、言いましょう」
「炎竜が盗まれた過去を公表し、『今ここに盗品の返還を要求する』と宣言する」
「違います。
……やはり、わかっていない。
ことを大きくしたいのは、あなたです。
私は、できるだけ穏便に解決したいのです」
「では、どうして?」
「なぜ、このスタジアムで覚醒させるのか。
それは、覚醒のために、大量の魔力が必要なのです」
「――となれば!」
「やっと気づきましたね。
そうです。ここには、魔法少女がたくさんいる。
帰国した人も一部はいますが。
でも、覚醒に十分な魔力がこのスタジアムにあるも同然」
「……」
「覚醒して、すぐにアミュレットに封じ込めれば、魔獣が勝負に負けて消滅したように見える。
この世から消えたように。
後は、アミュレットを持ち帰れば、盗品の奪還に見えないでしょう?
ハチジョウ・ファミリーの面目も保たれます」
「魔力を奪われた人たちは、どうなるのですか?」
「それは、魔力枯渇と同じ状態です。
少し、眠ってもらいます」
「それは困ります!」
「なら、試合前に記者団を集め、炎竜盗難の経緯を話して、盗品の奪還を宣言しましょうか?」
カズコは、マイコが珍しく少女に言い負かされるのを見ていられなくなった。
そこで、横やりを入れる。
「主催者として、あまり、ことを荒立てたくありません」
「良い判断です」
「もし覚醒して封印できたら、持ち帰ってかまいません」
マイコは、カズコの爆弾発言に目をむいた。
だが、カズコは、マイコを手で制する。
「でも、試合中に覚醒できなかったら、あるいは覚醒してもアミュレットに封じ込められなかったら、大人しく引き下がってください。
つまり、現状のままとしてください。
試合後に、再度覚醒させて奪還するという真似もしないでください」
カトリーンは、ため息をついて腕を組んだ。
30秒ほど難しい顔をしていた彼女だが、大きく息を吸って切り出した。
「条件付きですが、いいでしょう。
ヘルヴェティア王国の全権代表として、約束します」
カズコは、眉をひそめた。
「条件とは?」
「試合後に不意打ちで奪還はしませんが、返還交渉はします。
盗まれたものがここにあるのを、見過ごすわけにはいきません」
「なら、炎竜がヘルヴェティア王国に戻ることを断ったら?」
「あり得ません」
「あり得たら?」
「その時は……、炎竜の意志に従います」
「それは、返還交渉はしない、ということですね?」
「はい」
「ヘルヴェティア王国の全権代表としての見解ですよね?」
「もちろん」
カトリーンは、心の中で『あり得ない』と思いつつ、口元がほころんだ。
だが、このカズコの念押しが、まさかの展開になるとは、この時誰も気づかなかったのである。




