8.更衣室
カナが割り当てられた更衣室の扉は、鉄製の引き戸タイプだった。
その前に立つと、「使い魔同伴禁止」の手書きの張り紙が貼られている。
大人が書いた割りには、幼稚な字だ。
「なんか変。他の更衣室には、こんなのなかったわよ。
でも、ここには貼ってあるから仕方ないわね。
もし、なんかあったら、あたしを呼び出して」
肩に乗っていたリンは、そう言い残して、黒い煙になって消え去った。
深呼吸を一つするカナ。
緊張の面持ちで、扉の引き手に手をかける。
(更衣室は八つ。ということは、中に選手は四人いるはず。
一斉にこっちを見られたら、いやだなぁ……。
何て挨拶しよう……)
まごまごしていると、後ろから足音が近づいてきた。
カナは、それに急かされるように、扉を少し開ける。
とその時、扉の隙間から、魔力が漏れてくるのを感じた。
更衣室の中が魔力で満ちているのは、明らか。
(リンの言うとおり、なんか変……)
彼女は、恐る恐る扉の隙間に顔を近づける。
そして、消え入るような声で「失礼します」と言いながら、引き手を引いた。
更衣室の中は、二十畳くらいの広い部屋。
両側の壁は、すべて縦長のロッカーが並んでいる。
部屋の中央付近に、腰掛ける長椅子が六つ置かれていた。
その一番奥に、ワンレングスボブのソバージュ風の金髪で、太った女性が背中を向けて座っている。
しかも、上半身は、セーラー服を脱いだ下着姿になり、タオルで汗を拭きながら。
さすがに、紫色のプリーツスカートは穿いていた。
更衣室には、彼女一人しかいない。
もちろん、魔力の発信源は、その彼女。
カナは、その髪型と後ろ姿、特に体型を見て、思わず声を上げそうになった。
七身ユカリに、そっくりだ。
心臓が、バクバクと鼓動する。
いきなりのライバル出現。
しかも、更衣室という閉空間での遭遇。
カナは、気づかれないように忍び足になり、出口に近いロッカーの前に立つ。
自分はもう着替えているのだから、バッグを放り込んで逃げ出したい気分だった。
首筋の太い血管が、指先の細い血管が脈打つのがわかる。
顔面が火照ってくる。
全ての毛穴から湯気が出てきそうだ。
バッグを長椅子にソッと置いて、ロッカーへ手を伸ばすカナ。
その途端、彼女は、金縛りのように体が動かなくなった。
(これは、呪縛魔法! まさか――)
「てめー、すげー、いい体してんな。
体型だけじゃなく、魔法使いとしてもな。
抜群の魔力を持っている。
それに、このあたいに挨拶しない、いい度胸してる。
誰だ、てめー」
低くて太い声が、カナの背中を叩く。
この声は、間違いなく、七身ユカリ。
彼女の重量感のある足音が近づいてきた。