74.魔女VS魔女
女性スタッフは、左右をゆっくりと見渡す。
そして、正面を向いてニヤニヤしながら、声も口調も変えて語り始めた。
「無詠唱で瞬時に人払いの結界を出現させるとは、さすがですわ。
しかも、この結界、外と中とで時間の流れが違うもの。
対象者全員を一時的に別空間へ放り込み、解除後は元に戻る、高度な魔法。
腕は衰えていないみたいですね、蜂乗マイコさん」
マイコは、口角をつり上げて、これに答える。
「結界に狼狽えるとか、もう少し一般人を演じ続けてとぼけると思っていたけれど、潔いわね、十一姫」
「わたくし、時間を節約して行動するのをモットーとしておりますので」
「なら、すぐ答えて。
ここで一般人に憑依して、何をしていたの?」
「イケメンの物色よ」
「イケメン?
歳を考えたら?」
「二百歳でも、若い男にドキドキしますのよ」
「そんな歳の魔女にドキドキされる方が、恐怖で白髪になるわ」
「あら、ずいぶんなことをおっしゃるのね」
「ふー、……何をしていたのかは、潔く白状しない。
無意味な回答をして、逃げ回る。
モットーと違うわね」
「正直にお答えしましたのに」
「なら、こちらから言いましょう。
狙いは、炎竜の覚醒。
実行犯は、式神。
あなたは、ここでその監視役。
失敗した時に備えて、五潘イズミを焚きつけて、明日の試合で彼女に覚醒をやらせようとしている」
「あらあら、見ていたかのように、ズバズバとおっしゃるのね」
「でも、おかしなことが二つあるわ」
「二つも?」
「一つ目は、覚醒の時期。
ヴァルプルギスの魔宴は来年の四月末。
それなのに、半年前の十月に炎竜を覚醒する。
なぜ?」
「今覚醒させれば、魔女への抑止力になりますでしょう?」
「覚醒した炎竜を抑止力に?
なら、半年間、どこで誰が飼うの?」
「宿主が檻に入れればいいのですわ。
あるいは、宿主の中へ戻すのでも」
「戻したら、覚醒の意味がないことくらい、わかるわよね?」
「まあ、それもそうですけれど……」
「まず、それがおかしい」
「では、もう一つは?」
「カトリーン・シュトラウスまで覚醒に乗り出したこと。
なぜ、異国の彼女が炎竜のことを知っているの?」
「さあ……」
「彼女は、召還魔法のスペシャリスト。
覚醒も得意。
五潘イズミが失敗する可能性があるから、念のために手先にしたのでしょう?」
「……」
「都合が悪いと、答えなくなるのね。
逆に、わかりやすいわよ」
「勝手な推測には、お答えしないことをモットーとしておりますので」
「ふー、……なら、覚醒の真の目的は?
首謀者は誰?」
「さあ……」
「炎竜を使って、この世界を破滅に追い込むのでしょう?」
「まあ、恐ろしい……」
「依頼したのは魔王?」
「それは、守秘義務を負っておりますので、お答えできませんわ」
「なぜ、本当のことを言えないの?」
「それより、これからどうするのかしら?
わたくしを捕まえるのでしょうか?」
「当然。まずは、その一般人を解放しなさい」
「それはできません。
大事な人質ですから」
「解放しなさい!」
「その要求を呑む代わりに、この女性に今すぐ自殺するように暗示をかけますけれど、よろしくて?」
「な……っ!」
「時間もないので、5秒で判断してくださらない?
5……4……3……」
「なんたる卑怯!」
「2……1……」
「結界を解除します!」
「よい判断ですわ。
では、ごきげんよう」
マイコは、歯ぎしりをしながら、右腕を真横に上げた。
瞬時に晴れる緑の霧。
一斉に動き出す人々。
耳に飛び込む会話や靴音。
とその時、女性スタッフは、急に白目になって、崩れるように倒れ込んだ。