73.怪しいスタッフ
二十分後、カナたちが宿泊しているホテルの正面に、黒塗りの自動運転車が停止した。
車から降りたのは、ダークグレーのロングコートを着た二人の女性。
黒の中折れツバ広ハットを被っているのが蜂乗マイコ。
ベージュのフェルトベレーを被っているのが七身カズコだ。
二人は肩を並べ、小走りにホテルの正面玄関へ向かい、その中へ吸い込まれて行った。
ため息が出るほどきらびやかで、豪華な内装のエントランスホールが、彼女たちを出迎える。
「マイコ。娘さんの部屋って十四階?」
「そうよ、カズー。
確か、エレベータは、途中までしか行かないのと、途中を飛ばすのとがあったはず。
飛ばす方に乗らないと」
「わかった。
で、昔のやり方で、炎竜を封じればいいのよね?」
「そう。
お願い。あれは、私一人では無理だから」
「それにしても、まさか、優勝候補のユカリが負けるなんて!
納得がいかない!
あああああっ、悔しい!」
「もう済んだこと。結果を受け容れなさい」
「放映権やら何やらで、10億は動くんだから――」
「来るときから、そればっかり……。
耳たこよ」
「炎竜まで動き出すし、今日は、なんて日なの!」
「ホント、なんて日ね……」
そう言いながら、マイコは立ち止まった。
彼女を追い越したカズコが、後戻りをして小声で問う。
「あなたまで『なんて日ね』って、どうしたの?」
「あそこを見て。
御大のお出ましよ」
マイコは、顎でフロントの方向を指し示す。
その方向に視線を向けたカズコは、フフンと鼻で笑った。
「なるほどね」
「でしょ? 行くわよ」
フロントでは、若い女性スタッフが一人だけポツンと立っていて、二人に向かって作り笑いのような笑顔を向けている。
マイコとカズコは、フロントまで5メートルの距離に近づいた。
女性スタッフは、30度の角度でお辞儀をする。
「いらっしゃいませ。
宿泊でございますか?
ちょうど、良い部屋が空いておりますが」
「それは、良かったわね。
でも――」
そう言ってマイコは、スッと右手を真横に伸ばす。
たちまち、女性スタッフを含めて三人の周りが薄い緑色の霧に包まれた。
「そっちが案内する部屋よりも、結界の中の方がお話し易いのですが」