72.迫る魔の手
ミナとマコトが、大胆な推理で炎竜の覚醒が世界滅亡への謀略まで行き着いたとき、ドアの外で騒がしい音がした。
四人がドアの方へ目をやると、床に褐色の煙が現れ、ケル兵衛の姿になった。
「ドアの外でうろついていた怪しいホテルマンを二人倒した。
いずれも、式神だ」
続いて、彼女たちの背後からルクスの声がした。
「窓の外でうろつくカラスが三羽いたぜ。式神だけどよ。
もうやっつけたけどな。
ずいぶんと古風な手を使いやがる」
彼女たちが振り返ると、ルクスは宙をフワフワ浮きながら、腕を組んで得意そうな顔をしている。
「あらあら、前門のホテルマン、後門のカラスね」
「姉さん。それは、前門の虎、後門の狼です。カナが本気にしますよ。
式神ということは、おそらく、あのお方が放ったのでしょう。
これは、相当警戒しないといけないようですね。
……ん? カナ?
どうしたんだい? 震えているみたいだけど」
「マコトお姉様。カナは、明日の試合を棄権した方がよいのでしょうか?」
「大丈夫さ。僕たちの使い魔を警護に当たらせるから。
ただし、試合中は、大会本部に登録済みのリンだけになるけど」
「でも、長時間は顕現出来ないのではないでしょうか?」
「そこは、交代で送り込むよ」
「ありがとうございます」
カナは、ぺこりと頭を下げた。
「そうだ、姉さん。
カナの中にいる炎竜の動きを少しでも押さえつけることはできませんか?
姉さんの回復魔法で、せめて試合前の状態まで」
「そもそも体内でどうなっているのかもわからないのに、無茶ぶりね……」
「そこを何とか」
「目をうるうるさせても、駄目なものは駄目よ」
「お願いします。この通りです」
「……そこまで頭を下げなくても、いいわよ。
仕方ないわね。
まずは、体の中でどうなっているのか、調べるわ。
カナ。ちょっと立って」
「はい。ミナお姉様」
カナとミナは同時に立ち上がる。
ミナは、カナのそばまで行き、両手を突き出した。
そうして、短い詠唱を行うと、カナの胸の前に金色の魔方陣が出現。
ミナは、ソッと目を閉じた。
ところが、数秒後、彼女は慌てて手を引っ込める。
「何これ! 魔力が吸い取られるわ!」
「ミナお姉様。なんだか、胸の中心に魔力が集まってくる感じがします」
「いつからこうなったの?」
「……わかりません」
「姉さん。もしかして、マリアンヌ・ロパルツが召還したドラゴンと対峙した、あれが原因ではないですか?
あのサイズのドラゴンが大会で出現したのは二度ですが、カナが間近にいたのはあの時が初めてです。
きっと、巨大なドラゴンと戦って、眠っていた炎竜を揺り動かしてしまったとか」
「それもあるかも知れないけれど、いずれにしても、私には手に負えないわ。
お母様を呼びましょう。
これは緊急事態です」
それからミナは、携帯端末でマイコに事情を説明した。
最終的に、大会本部と折衝して、選手と審判員が特別に接触する許可をもらうという話になり、彼女の顔に安堵の色が浮かんだ。
「カナ。ちょっといらっしゃい」
ミナは、カナを呼び寄せ、ギュッと抱きしめる。
「……やっぱり。さっきと違うわ。
今度は、抱きしめただけで、私の魔力が吸い取られる」
「姉さん! まさか、ここで覚醒するのでは!?」
急な進展に、四人は顔色を失った。
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