67.宿主を変えて代々伝わる炎竜
カナの言葉を聞いたマコトは、ミナの方に目で助けを求めた。
この手の事態は、マコトよりもミナの方が適任であるからだ。
普段は糸のように細い目をして微笑みを絶やさないミナは、みるみるうちに真剣な顔つきになっていく。
そして、うっすらとだが、瞼が開いた。
「まさかと思うけれど、憑依かしら?
悪質な対戦相手が、試合後に発動する魔法をかけたことも考えられるわね。
どれどれ……」
ミナは、ゆっくりとカナに近づいていく。
「邪気は、感じられないわ。
憑依にありがちな特徴も見られない。
あら? 待って――」
口を真一文字にしたミナが、カナのすぐ手前で立ち止まった。
珍しく怖い顔をする姉に、カナはビクビクする。
「ちょっと、立って」
「はい。ミナお姉様」
ミナは、立ち上がったカナへ優しく両腕を回す。
そうして、カナの左肩に顎を乗せ、自分の胸へカナを引き寄せるように、腕の力を入れた。
これで、今日は二度目。
最初はイズミに、試合後、強く抱きしめられた。
それと同じような格好で、ミナも抱きしめている。
この柔らかい胸を押しつけてくるミナの行為に、カナは赤面し、鼓動がどんどん高まっていく。
先ほど感じた、おかしな鼓動とは違う。
自分の心臓の鼓動だ。
この周期に合わせて、首筋までドクンドクンと脈を打つ。
ミナは、しばらく抱きしめた後、カナの両肩に手を乗せて、彼女をソッと離した。
再び、糸のような目になり、口元がほころんだ。
「お母様に電話します」
「えっ? 大会開催中は、お母様と連絡が取れないのでは――」
「それは、選手と審判員は、です。
選手以外の家族ならOKのはずよ」
そう言いながら、ミナはすでに携帯端末を手にしていた。
呼吸音も聞こえないような静寂の中、電話の呼び出し音が漏れ聞こえる。
長い呼び出し音で気を揉んだが、ガチャガチャと受話器を上げたような雑音がして、皆はホッとした。
「あっ、お母様?」
『ミナ? 何かしら?』
「お母様。時間もないので、手短に申し上げます。
カナが、胸の奥に何かがいる、と言っています」
『えっ?』
「さきほど、カナを抱きしめてみて、少しですが感じましたので、確かに、何かが眠っているように思います。
見たところ、憑依ではないようです。
心当たりがありますか?
昔から、私たちに打ち明けていないこととか、ないですか?」
『……』
「お母様?」
『カナに、今日の試合後、五潘イズミとカトリーン・シュトラウスに何をされたか、聞きなさい』
「はい。
カナ。ちょっといいかしら?
………………わかったわ。
二人には何もされていないそうです。
ただ――」
『ただ?』
「カトリーンが会話中に、魔法を使ったらしい不思議な行動を取ったことと、イズミから、カトリーンが心を読む魔法を使うから気をつけろと言われたことを覚えているそうです」
『やっぱり……』
「何かあったのでしょうか?」
『もう、試合後の選手のコメントが速報で流されていて、カトリーン・シュトラウスのコメントから、カナが炎竜を宿してる、と噂になっています。
それは、今、携帯端末のニュースを見ればわかります』
「でも、それって噂ですよね?」
『あれは…………事実よ』
「!!」
『今まで秘密にしてきましたが、もうここまで来たので、話します。
蜂乗家の家系で強大な魔力を持つ人間が生まれると、そこに炎竜が宿るのです。
カナの前は、私』
「!!!」
『炎竜は、次々と渡り歩くように、宿主を変える。
普段は、眠っていて、一切表に出ない。
抱きしめても感じない。
それが何かの拍子に、目を覚まそうとしているのが、今の状態。
だから、あなたが感じたのです』
「……」
『炎竜のことを、五潘イズミは、あのお方から聞いて知っていた。
知っていたので、カトリーン・シュトラウスから、その情報を魔法で読み取られた。
彼女たちの目的は、炎竜の覚醒。
明日、あの二人は試合中、そのことに躍起になるはず』
「!!」
『目的を知りたいでしょうね。
それは、今度のヴァルプルギスの魔宴をカナの力で阻止するため。
でも、それは絶対にさせてはいけない。
なぜなら、暴走した炎竜が――世界を破滅させてしまうから。
そうなった炎竜は、カナでも止められないはず』
「……」
『この話は、カナの心が弱かったので、心が押しつぶされないように黙っていました。
もういいでしょう。あなたから、話してあげなさい。
感じている本人に、嘘はつけないから』
「わかりました。
ありがとうございました」
『カナを、この大会に出場させて、本当によかった。
見ていて、前よりもずいぶん、心も体も強くなっているから』
「私もそう思います」
『カナは、まだまだ力が伸びます。
真の力を発揮したとき、おそらく、世界最強になるでしょう。
だから、炎竜が宿ったのです』