59.ドラゴン退治
ドラゴンの口の中で、火の玉が徐々に大きくなる。
もう少しで、口いっぱいの大きさになり、発射されるはずだ。
だが、マリアンヌは、それを見つめたまま動けない。
召還した人物を、なぜ攻撃する?
詠唱を間違えたのか?
召還魔法を間違いなくコピーしたはずなのに、どこをどう間違えた?
今更そんなことを考えても、どうにもならないことはわかっている。
だが、どうしても頭の中で疑問符が湧き上がり、立ち上がれないのだ。
そうやって地面に張り付いたままの彼女の耳に、キリリとした響きの略式詠唱が飛び込んだ。
「――爆 破!!!」
彼女は、即座に声の方へ振り向く。
そこには、左手をドラゴンの方へ突き出し、右手を左肘に添えたカナ。
左手の先には、光輝く特大の魔方陣。
そこから、赤く燃える大型の球体が、今発射された。
その大きさは、直前の攻撃で見せた大きさの四倍はある。
つまり、バレーボール大の球体の八倍だ。
燃えさかる球体は、赤い光の直線を描いて、ドラゴンの目の下に激突した。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
体を震わす爆発音。
ドラゴンの顔を包む火炎と黒煙。
顔を背けたドラゴンの口から発射された火の玉は、マリアンヌを遙かにそれた地面を直撃。
たちまち、一面が火の海となった。
金属がきしむようなドラゴンの悲鳴が、鼓膜をひっかく。
それが、長い余韻を伴って、スタジアムに響き渡った。
火炎が消えた頃、ドラゴンの背けた顔が元の位置に戻る。
ところが、金色の目は、攻撃したカナではなく、マリアンヌの方を睨み付けている。
漆黒の瞳孔は、見入られた者を吸い込んでしまいそうだ。
マリアンヌは、完全に腰が抜けてしまい、ドラゴンの瞳孔へ向けた視線を切れない。
そこへ、急に、足を伸ばしたドラゴンが落下してきた。
踏みつけようとしているらしい。
やっと我に返った彼女は、咄嗟に這って逃げようとする。
だが、曲げた左足は助かったが、残っていた右足――義足の膝から下がドラゴンの足に踏みつけられた。
「マリアンヌさん!」
「ジュ プラン ラ レスポンサビリテ(責任は私が取る)!」
「えっ?」
駆けつけるカナを制したマリアンヌは、ドラゴンに向けてカナの雷撃魔法の構えを取る。
「――ライトニング!」
素速く発射された横向きの稲妻が、ドラゴンの足を直撃する。
だが、ドラゴンは痛くもかゆくもない様子で、踏みつけた足に体重をかけた。
グググッと義足の下半分が地面にめり込んでいく。
そして、ドラゴンは、マリアンヌの方へ右腕を伸ばしてきた。
彼女を捕まえるようだ。
カナは、マリアンヌの言葉は全くわからないが、自分で何とかしようとしていることは理解した。
だが、見るからに、今の状況では無理だ。
カナは、攻撃を再開する。
「――爆 破!!!」
特大サイズの球体は、今度はドラゴンの目を直撃。
顔全体が炎に包まれたドラゴンは、きしむ悲鳴を上げながら、ヨロヨロと後ずさりを始めた。
カナは、倒れたままのマリアンヌの所に駆けつけ、地面にめり込んだ義足を引き抜く。
そして、立ち上がれない彼女を抱き起こそうとした。
とその時、マリアンヌは、ドラゴンの口がカナと自分の方に向いていることに気づいた。
「セ ダンジュリュー(危ない)!」
「えっ?」
マリアンヌが指さす先を見たカナは、目を見開いた。
ドラゴンが口を大きく開き、口の中で火の玉を膨らませているではないか。
カナは、咄嗟に左手をドラゴンの口の方へ向けた。
「――突風!!!」
素速い詠唱の後、右手の先に、金色に光り輝く魔方陣が出現。
たちまち、そこから猛烈な突風が吹き出した。
と同時に、ドラゴンが火の玉を発射した。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
耳をつんざく音を残して、突風が、飛び出た火の玉をドラゴンの喉の奥へ押し込んでいく。
力負けした火の玉は、押し込まれた衝撃で、大爆発を引き起こした。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
破れるドラゴンの喉。
吹き飛ぶ頭。
首から上がなくなったドラゴンは、スローモーションのように後ろへ倒れていく。
そして、地面で体が二度跳ねた後、大量の光の粒を空中にまき散らして消滅した。