57.困った敵に送る塩
カナは、反射的に右側へ倒れ込む。
考えている暇などない。
詠唱の終わる前に直撃を避けるため、先に回避行動を取るのだ。
(あれは、まさか――爆裂魔法!?)
カナが倒れ込みながらそう思った瞬間、燃える球体はゴーッという音を残して、左脇腹をかすめて行った。
球体は、通り過ぎた直後に爆発。
衝撃音と爆風がカナの背中や頭を叩く。
首や足が熱気で火傷しそうだ。
(もしかして、これって――)
カナは、爆発の状況を確認しようと、頭を後ろへ動かそうとした。
その刹那、上から人が降って来るのが視界に飛び込んだ。
マリアンヌだ。
空中からのドロップキック。
冷たく光る義足が迫る。
カナは、これまた反射的に、横向きになったまま思いっきり仰け反る。
その直後、顔のすぐ右側で、義足が地面にめり込んだ。
飛び跳ねた泥が目に入るほどの至近距離。
カナは、背筋が凍りそうになった。
ところが、マリアンヌは、動かない。
左足を踏ん張っている。
どうやら、義足が地面に深く突き刺さって、抜けないらしい。
チャンス到来。
カナは、素速く立ち上がり、マリアンヌのみぞおちに強めのワンツーパンチを入れる。
それで体が折り曲がったところを、顎に強烈なアッパーカットを食らわせた。
マリアンヌは、後ろ向きに倒れていく。
だが、右足が地面に突き刺さったままなので、倒れるに倒れない不格好な体勢になった。
もしここで、マリアンヌの顔をジャブやストレートで連打すれば、確実にノックアウトしたかも知れない。
ところが、カナは後ろに下がり、半身の体勢になった。
「何をしているんだ!」
「とどめを刺せよ!」
「コテンパンに、やっちまえー!」
野次がカナの鼓膜を叩く。
しかし、カナは動かなかった。
そんなカナの様子を、マリアンヌはジッと見つめる。
その目は、先ほどまでの怒りに燃えた目ではなく、何か戸惑いを漂わせている。
彼女は、視線を固定したまま、左手を使って立ち上がろうと試みる。
ところが、うまく立ち上がれない。
すると、カナは左手を差し伸べて、マリアンヌに近づいていった。
マリアンヌは、目を見開く。
さらに戸惑いの色を濃くする。
だが、意を決したらしく、右手をソッと伸ばす。
その手が止まる。
少し引っ込める。
もう一度差し出す。
そんなマリアンヌの手を、カナは優しく取る。
そして、呼吸を合わせて、引っ張った。
ようやく立ち上がったマリアンヌは、カナの手を握り返す。
するとカナは、今度は義足へ手を伸ばそうとする。
しかし、それは軽く手を振るマリアンヌに阻まれ、両手で引き抜き終わるまで見守ることになる。
野次は続く。
「敵に塩を送るな!」
「そいつは、魔法をコピーする奴だぞ!」
「魔法が盗まれているぞ!」
カナは、その言葉にハッとした。
(そうか! だから、詠唱が同じだったんだ!)
とその時、マリアンヌが後方に跳んだ。