55.カナの隠された力
マリアンヌは、ヘッドセットを乱暴に外して、近くにいたアンドロイドのスタッフに投げつけた。
相手のこういう仕草に即座に反応できないアンドロイドは、ボーッとしているので、カナが落ちたヘッドセットを拾ってやった。
マリアンヌは、「ラン(のろまめ)!」と罵声を浴びせて、ずんずんと結界の中に入っていく。
観客席に渦巻くブーイング。
さきほどのダグアウトでの乱闘も、この乱暴な態度も、マリアンヌのマイナスイメージにしかならなかった。
そんな彼女を追いかけるカナは、視線が、マリアンヌの背中よりも斜め右下の義足にどうしても行ってしまう。
足の骨のような構造は、機能性を考えているとは、到底思えない。
マリアンヌには、本物の素足のように精巧に復元された義足であってはいけない理由があるのだ。
むき出した骨のような義足を特注して、あえて見せつける。
これで、何かを訴えようとしているに違いない。
それは、深い絶望。
それは、激しい怒り。
ふと、カナの頭の中に、『救済』の文字が浮かんだ。
同じ魔法少女だから、傷ついた心の痛みがよくわかる。
だが、ヘッドセットがないと言葉が通じない相手に、魔法をぶつけ合うことで相手に語りかけることが出来るのだろうか?
しかも、勝敗をかけた試合中に。
「ウ チュヴァ(どこへ行く)?」
急に前から声がしたので、カナはビクンとなって足が止まった。
目の前に、不思議そうな顔をするマリアンヌが腕組みをしている。
考え事をして歩いているうちに、彼女の立ち位置まで来てしまったようだ。
彼女は、右手を握って親指を立て、親指を右に向ける。
軽く会釈したカナは、そそくさと自分の立ち位置に向かって走った。
ところが、審判員が出てこない。
観客席は、ざわめきで満たされる。
結局、2分後に審判員が、もったいぶるように出てきた。
いつもの、のろい動作の審判員だ。
ざわめきが野次に塗り変わった。
◇◆◇■□■◇◆◇
イズミは、ダグアウトのフェンスにかぶりつくように、待機中の二人を見つめていた。
そこへ、右側から一筋の黒い煙が近づいてきた。
マイコの使い魔だ。
イズミは、煙が大型犬の姿に変わる前に、右斜め下を見る。
「どうだった?」
『汝の言葉を、伝えた』
「それはわかっている。
無駄な報告はしないで。
結果は?」
『却下された』
「えっ? それじゃ――」
『あの義足で、試合続行だ』
「ちょっと待って。
あれで攻撃したら、魔法ではなく、完全に物理攻撃よね?
金属バットで殴るのと同じよね?」
『問題ない』
「まさか、あんたが決めたの?」
『いや。そう言われた』
「でも、あの義足は、ベンチを一撃で壊すほどの威力。
そこのへし折られた物を見ればわかるわ。
生身の体では出せない力を出せるのよ」
『その義足の見方が問題だ、と言われた。
あれは体の一部。
だから、拳や蹴りで攻撃するのと何ら変わりはない、と』
「その論法で来たのね。
まずい……、まずい……」
『何がまずいのだ?』
「当然、義足の蹴りは認めないと思ったのに」
『だから、何がまずいのだ?』
「大怪我をする――」
『ふん。カナ様は、そんなもろいお嬢様ではないわい。
全力を出せば、四階建てのビルを一撃で破壊できるのだぞ』
「今、なんて言ったの!?」
『おっと、口が滑った――』
「もしや、……すでに覚醒?」
『ん? 何のことだ?』
「いいえ、こっちのこと」
『そうか。……では、失礼する』
使い魔は、再び一筋の煙に戻り、ドアの向こうへと消えていった。
(全力を出せば、ビルを破壊!?
あの子が、どうして、そんな力を持っているの!?)
イズミは、炎竜とオーバーラップしたカナが、ストレートパンチでビルを倒壊する場面を思い浮かべた。
(同い年のあの子が。
弱気なあの子が。
今、そんな力を持っているとは、あり得ない。
すでに覚醒している!?
まさか……)
彼女は、急に身震いが始まり、膝がガクガクと震えてきた。
◇◆◇■□■◇◆◇