53.準々決勝 第二試合
カナがグラウンドへ飛び出すと同時に、反対側のダグアウトから人が飛び出した。
遠い位置にいるが、次の対戦相手が銀髪のショートヘアと緑色のミニスカートであることから、誰だかわかる。
マリアンヌ・ロパルツである。
ぴったり息の合った登場に、カナは吹き出しそうになる。
(何これ、ウケるー。
鏡を見ているみたい。
……でも、タイミングがあまりに良すぎる。
もしかして、出てくるのを待ち構えていたのかしら?)
そう思ったカナは、足を止めて警戒した。
マリアンヌも、足を止めた。
その頃、スタジアム内は、多数動員された警備員たちの活躍により、乱闘騒ぎが収束に向かっていた。
大部分の観客は、そちらに気を取られていて、二人の登場に気づいたのは、スクリーンに彼女たちの顔が映ったときだった。
遅ればせながら巻き起こるカナコール。
マリアンヌへの声援は完全にかき消され、客席の片隅に追いやられたマリアンヌ応援団の旗が、包み込む敵の声援に抵抗するかのごとく力強く翻る。
カナは、そんな自分への大応援よりも、マリアンヌの前傾姿勢が気になって仕方ない。
明らかにスタートダッシュの構え。
しかも、体の正面が、グラウンドの中央ではなく、自分の方を向いている。
(あれはどう見えても、獲物に飛びかかろうとしている獣みたい。
客席に目を向ける隙を狙って、何か仕掛けるかも知れないわ)
直感が働いた彼女は、直ぐさま強化魔法を発動する。
それが合図であったかのように、マリアンヌの足下の地面が光り輝く。
あれは、魔方陣だ。
半身の体勢に構えるカナ。
突進を開始したマリアンヌ。
彼女は、サッカーコートを2秒以下で横切った。
人間の足とは思えない、この速さ。
魔法のなせる技だ。
金属の義足が、鋼色の光の軌跡を描く。
その足の動きに目が離せなくなったカナは、マリアンヌの体当たりの意図に気づくのが遅れた。
我に返って右側に跳んだ時は、すでに遅し。
軌道修正したマリアンヌは、右肩を前に向け、体を斜めにして跳ぶ。
彼女の体当たりをまともに受けたカナは、後方のフェンスに激突した。
フェンスに沿って滑りながら、地面に尻餅をつく。
体が軽々と持ち上げられる。
頭からダグアウトの中に放り込まれる。
一番前のベンチに、頭から叩きつけられる。
試合は、まだ開始されていない。
なのに、なぜこんなことをされるのか。
こみ上げる怒り。
だが、それは、気絶しそうなほどの激痛と目眩でかき消された。
転げ落ちるカナに入れ替わり、マリアンヌの義足によるドロップキックがベンチを直撃する。
木製のベンチは、バキッと大きな音を立てて、真っ二つに折れた。
近くで見る鋼鉄の義足は、ロボットの足みたいな物ではない。
大腿骨、膝蓋骨、脛骨、腓骨を一回り大きくしたような、足と言うよりは骨格。
照明の光を受けて、鋼鉄の骨が不気味に輝く。
これは、もはや凶器。
折れたベンチから義足を抜いたマリアンヌは、床に転がったカナの横顔を、抜いた義足で踏みつける。
とその時、ダグアウトの中で大声が響き渡った。
「アレットゥ(やめなさい)!」
背中を叩くフランク王国の言葉に、マリアンヌは頭だけ振り返る。
彼女の視線の先には、右手を突き出したイズミが、両足を開いて構える。
手の先には、輝く魔方陣がゆっくりと回転する。
「――ラフェルム(黙れ)」
低い声で冷たく言い放つマリアンヌ。
琥珀色の目がギラギラと光り、面長の顔が、たちまち怒りに満ちてくる。
歯をむいた彼女の右手の先に魔方陣が出現し、ボウッと火の玉が浮かんだ。