52.炎竜は胸の奥に
カナは立ち上がって拍手をしながら、満面の笑顔でイズミを出迎える。
少し小躍りする様子は、まるで自分の勝利のように喜んでいるかのよう。
そんな彼女に対して、イズミは、口元の笑いが消えた微妙な笑顔を返した。
「疲れたー」
イズミは、そう言いながらカナへ近づき、ソッと抱きついた。
ドキッとしたカナは、見る見る頭に血が上っていくのを感じた。
自分の背中に回ったイズミの腕が優しく背中を押すので、自分も腕を回してイズミの背中を軽く押す。
「イズミ、頑張ったね」
「うん。怖かったけど、なんとか」
もちろん、嘘である。
気づかれないように手を抜きつつ、昨年の覇者を倒す余裕がある彼女は、顔ににじみ出そうな笑いを堪えていた。
イズミはソッと目を閉じて、自分の胸をカナへグッと押しつける。
――それは、ある意図を持って。
――カナの秘密を確かめるため。
カナは、イズミの柔らかいながらも張りのある双丘が自分の胸に押しつけられたので、全身がビクンとなった。
だが、怖いからそうするのだろうと自分を納得させ、イズミを安心させるように、自分の胸で押し返した。
互いに相手の鼓動が聞こえるのではないかと思えるほど、二人は密着する。
(胸の谷間辺りにあるはず……眠っているものが……)
イズミはカナの左肩に顎を乗せ、全神経を集中させた。
(ああっ…………感じる…………確かにここに…………もの凄いパワーを……)
彼女は、さらに密着度を強める。
体の温もりがジワジワと伝わってくる。
早鐘のような鼓動も微かに聞こえる。
「イズミ、そんなに怖かったんだね」
「うん、ありがとう」
カナの優しい言葉が、右耳を撫でる。
イズミは、軽く目を開けた。
柔らかい深紅のロングヘアが、鼻先に触れている。
まだ微かに残るシャンプーの香りが、鼻腔をくすぐる。
だが、イズミの感覚は、そこにはないに等しかった。
(間違いない。
聞いていたとおり、彼女は、あれを宿している)
とその時、イズミは、正面から視線を感じた。
見ると、奥のドアの付近で、大型犬のような影がスッと消えた。
おそらく、マイコの使い魔だ。
彼女は、自然な態度を装って、カナの両肩に手をかけて、体を離した。
まだ残る、双丘から伝わった感覚を、急いで記憶に定着させる。
「ちょっと、怖い顔をしているけど、何かあったの?」
「あっ、ごめんなさい。
もう、大丈夫。
それより、次のカナの相手――」
「マリアンヌ・ロパルツさん?」
「そう。彼女は、義足を使って、反則すれすれの技を使うから気をつけて」
「うん。わかった」
「時には、義足の攻撃と見せかけて違う方向から攻めてくるから、動きに惑わされないこと」
「うんうん。平気。
なんか、イズミって、コーチみたい」
そう言われたイズミは、心臓がキュッと痛くなり、苦笑する。
「頑張るから、応援してね」
「もちろんよ。ファイト!」
カナの後ろ姿を見送るイズミは、急に険しい顔になった。
(マリアンヌ・ロパルツ――ユカリに次いで、冷酷な魔法少女。
彼女が、灼眼の炎竜を覚醒させなければいいのだけれど……。
カナのお母様が阻止しようとも、あのお方のためにも、覚醒させるのはこの私よ)