50.大番狂わせ
スタジアム内はもちろんのこと、テレビ中継で試合の成り行きを見守っていた全世界のユカリファンが、想定外の結末に色を失った。
ヤマト国内のみならず世界でも知らない者はいない、七身一族。
その中で、最も強い魔力を持つ魔法少女がユカリ。
前回の優勝者で、今大会優勝の最有力候補として期待を一身に集めていた実力者。
そんな彼女が、あろうことか、三歳年下の魔法少女にあっけなく敗れたのだ。
ファンの誰もが、彼女が得意とする爆裂魔法の破壊力を信じていた。
毎試合、ド派手な魔法で相手をねじ伏せるのが当然、と思っていた。
表彰台で小躍りし、魔法少女の頂点に立った喜びを全身で表現する彼女の姿を思い描いていた。
その全ての期待や夢が裏切られたのだ。
場内では、憤慨するファンの野次や怒号が、イズミコールを凌いでいく。
すぐさま、そこかしこで、イズミファンとのつかみ合いの喧嘩に発展する。
だが、これを静めるべき大会主催者側まで騒然とした空気に包まれていたことは、マイコもイズミも知らなかった。
異様な空気の中で、イズミはフワリと地上に舞い降りる。
マイコは、アンドロイドのスタッフを手招きし、ユカリを搬送するようにジェスチャーで伝えた。
だが、スタッフを押しのけて駆けつけたのは、黒い三角帽子を被り黒いローブを纏った巨体の女性だった。
マイコは、彼女の姿を見て唇を噛んだ。
思わず、ため息交じりに言葉が出る。
「なんで、カズーが自らここに来るの……」
カズーとは七身カズコ、七身家当主のこと。
全てを一門やその取り巻きに任せ、自らは何も動かない。
いつも悠然と構えて、体を重そうに歩く。
そんな彼女が、血相を変えて、よたよたと走ってくる。
そのスピードは人一倍遅く、途中で何度も休んで、肩で大きく息をしている。
何かを叫んでいるが、その声は、周囲の怒号にかき消されて聞こえない。
だが、拳を振り上げたり、指を差したりする姿から、何を言いたいのかはある程度想像がつく。
不安げにマイコの方へ近づいてきたイズミ。
彼女は、カズコの一挙手一投足に目が離せない。
「主催者がどうしたのでしょう?」
「ここは私が相手します。
あなたは、私の後ろに下がって」
「わかりました」
人を見下し、罵り、当主とは思えない暴言を平気で吐くカズコに対して、マイコはどうあしらえばよいかは熟知していた。
ここは、イズミを傷つけないようにしなければ。
マイコは、拳を握りしめる。
走っては止まって休憩を繰り返したカズコは、最後は歩きながら近づいてきた。
逆上して真っ赤になったカズコの顔と、振り上げた拳が、マイコの肩越しにイズミへと迫る。
「うちの娘になんてことをしてくれたあああああっ!!
このおおおおおお、不届き者めがああああああああああっ!!」
「やめなさい! 七身カズコさん!」
マイコが背伸びをして、カズコの拳をつかんだ。
「この手を離しなさい、蜂乗マイコ!
これは、れっきとした反則行為!
試合は無効! 娘の勝利だと言い直しなさい!
さもないと――」
「あの火炎魔法は、娘さんの爆裂魔法より手を抜いています」
「そんな訳がない!
だったら、娘がこんな負け方をするはずがない!」
「いいえ。魔法の強弱を私が正確に読み取れることは、あなたもご存じのはずです」
「……まあ、世界レベルなのは認める」
「娘さんの爆裂魔法より弱い火炎魔法で娘さんが倒れたのは、見ての通りです。
言い換えると、娘さんの魔法の方が強烈です。
だから、今までの選手が一撃で倒れたと言えます。
そちらの方が、危険行為すれすれと判断します」
「違う! 娘は手を抜いていた!」
ここでイズミが、割り込んだ。
「とんでもありません。
魔法の攻撃を実際に受けた私イズミが、誓って申し上げます。
あれは、殺される寸前でした」
「待ちなさい、イズミさん――」
「審判員。ここは、私からはっきりと申し上げます。
今回のユカリさんは、第一回戦の試合と違って、爆裂魔法を全く手加減していません。
第一回戦も怪しいのですが、それはいったん横に置いて――」
「うちの娘が怪しいとは、どういう言いがかり!?」
「私が爆発の中心で、なんとか防御したから助かったのです。
何もしなければ、怪我では済まなかったでしょう」
「うぬぬぬぬ……!
だから、その仕返しに、うちの娘を殺そうと――」
「していません!
本当に人を殺そうとするなら、略式の詠唱は使いません。
本式の詠唱を使います。
第一、服は焦げていないし、芝生も焦げてはいません。
単に、熱風にやられただけです」
「それは嘘!!」
「嘘は申し上げません!」
「イズミさん、もういいでしょう。
カズコさん。ここで何を言っても無駄です。
どちらの魔法が弱かったかは、ベテランの魔法使いであれば、すぐにわかります。
本当は、カズコさんもわかっていらっしゃるはずですよ?
違いますか?」
「ぬぬぬ……」
「反則行為としてひっくり返すことで、騙せるのは、一般人だけです。
今頃、録画を再生している魔法使いもいるはずです。
全世界が中継を見ている前で、汚点を残しますか?」
「……」
「全世界の魔法使いの前で恥をかくことになりますよ。
それより、主催者として、この会場の混乱を鎮めてください。
このままでは、大会の続行が不可能になります」
「ええい!! 忌々しい!!
五潘イズミ!!
娘は、必ず敵を討つから、覚悟するように!!!」
カズコはそう言うと、ユカリを担架で運んでいくスタッフの後を、フーフー言いながら歩いて行った。
マイコはカズコを見送りもせず、すぐさまイズミの方へ向き直る。
「敵を討ちに行くのを止めるのが親なのに……。
覚悟しろとは、呆れたものね。
カズー、いやカズコは、昔と何も変わっていない」
「そうなのですか?」
「ええ。四十年以上付き合っているけれど、昔からあの感じ。
……それより、ちょっといいかしら?」
「何でしょう?」
「ここで、二人だけで話しましょう」
「え? ここで、ですか?」
「ええ」
「でも、まだカメラが回って――」
「大丈夫。結界を作るから」
そう言ってマイコは、右手を真横に伸ばす。
とその時、二人の周りが薄い緑色の霧に包まれた。