5.試練の初戦
「あら? どうかしたの?」
カナは、頭の上からミナに声をかけられて、自分がいつの間にかうつむいていたことに気づいて、ビクッとした。
唇を真横に引っ張り、急ごしらえの笑顔を作ってから顔を上げ、目を細める。
「珍しいわね、思い出し笑いなんて」
「お姉様方やイリアに応援してもらって、嬉しくて……」
「ふーん」
ニヤッとするミナを見て、カナは作り笑いの表情のまま固まった。
嬉しいのは嘘ではないが、後付けの理由を口にして作り笑いを見せていることは、ビクッとした自分をミナの側に立って見つめれば明らかだ。
「自分だけが孤独ではないのよ。相手も孤独。しかも、強いあなたと当たる相手は、不安でいっぱい」
ミナが、自分を傷つけないように遠回しに言ってくれているのが、痛いほどわかる。
カナの目が潤み始めた。これで、嘘はバレた、と思った。
「カナに勝てるのは、カナしかいないの。あなたはそれだけ強いのよ。忘れないでね」
そう言うと、ミナはカナの頭を優しく抱きしめた。
長姉の双丘の谷間に顔を埋め、その柔らかい感触を感じつつ、服を涙で濡らすカナは、このまま自分の不安も吸い取って欲しいと思った。
自分に勝てるのは自分しかいないことは、何度も聞かされている。
でも、自分の不安は、まだ自分では拭えない。
なので、いつもこうやって、優しい姉に頼ってしまう。
そんな弱い自分が嫌いだ。
今度こそ、決別しよう。
弱気になって負けた自分の姿など、見たくもない。
この選手権を機会に、強くなろう。
不安を微塵も感じない、強靱な心を持つのだ。
その精神力さえあれば、最大限の力を発揮できるのだから。
今度は、いける!
今度こそ、できる!!
そう思うと、澄んだ空気を胸いっぱい吸ったように感じてきた。
ふと見上げた先には、ミナの優しい笑顔が輝いていた。
「よかった。吹っ切れたようね」
「ありがとうございます、ミナお姉様。勝てる気がしてきました」
「それでこそ、カナよ。強いカナ、はっけーん」
マコトもイリヤも笑った。
「さあ、急ごう。僕が呼んでおいた迎えの車も来ているはず」
「はい、マコトお姉様」
「カナお姉様! イリヤが荷物を持ちます!」
部屋を出て行くカナとイリヤを見送ったミナは、マコトと顔を見合わせた。
「姉さん。カナは、まだまだ手が掛かりますね」
「ええ、そうね。でも、今ので成長したと思うわよ。……それより、マコト。カナの対戦相手、わかる?」
「トーナメント表なら、ここにありますが」
「どれどれ、……うーん」
「どうかしました?」
「もう少し、LOVEを注入しておけば良かったかしら」
「え?」
「心が折れないといいけれど……」
「心が折れる? その相手は誰ですか?」
「初戦に当たる子よ」
「……プロフィールを見ても、過去の対戦データを見ても、そんなに強い相手とは――」
「二回戦も三回戦も、苦戦する可能性はあるわね」
「……姉さん、お言葉ですが、そうは見えませんが。カナなら一撃で――」
「あらあら。見る目のないマコト、はっけーん」
「はいはい……」
「魔力や腕力があれば勝てるとは限らないわよ。とにかく、カナにとっては、毎回試練ね。それは、避けて通れない道――」
ミナは、マコトの不思議そうな顔から視線を切って、静かに部屋を出て行った。