46.大爆発の炎
細くて黒い物は、黒光りする鎖だった。
第一回戦でナディアを縛り上げた、自在に動く鎖だ。
それが、イズミの胸の周りを三周して、一気に締め上げる。
ほんの一瞬、イズミの口元がほころぶ。
だが、すぐに彼女は、苦悶の表情でそれを隠した。
一方のユカリは、すでに勝利を確信した顔だ。
「いつまでも、接近戦を続けるたぁ、能なしのやることだぜ。
前蹴りがあるってぇことを、忘れたか、このど阿呆めが!
離れれば、こっちのどくだんばってもんさ」
「それ、独壇場。
もっというと、独壇場は独擅場の読み違いから来ているけれど」
「るせええええええええええええええええええええっ!!
なら、どくだんばを広めてやろうじゃないか、この場で!!
全世界に、な!!」
「馬鹿が増えるから、止めたら」
「んだとおおおおおおおおおおっ!!
七身家の言葉は、辞書にも載せてやる。
今すぐ、出版だ」
「脅迫して?」
「すでに載っているのを知らないらしいな?」
「いつの間に……」
「あまりの辞書に不可能という文字はない」
「ぷっ! それ、あまりじゃなくて、余なのだけど。
余って読んだ人、初めて見たわ」
「ちくしょー……、あいつ、騙しやがったな……」
「いいお友達を持って、幸せね」
「なら、学校の恨みをこのグラウンドで晴らす!」
「はあ……。関係のない者を討って気を晴らす。
つまり、江戸の敵を長崎で討つ、のもう一つの意味ってことね。
願い下げだわ」
「その江戸のなんたらがなんたらって、騙してないだろうな!?」
「あなたの取り巻きと違うわよ」
「そうかい! ありがとよ!
じゃ、ご褒美だ!!」
ユカリが言い終わると、鎖がさらにイズミを締め上げた。
その鎖はクレーンの腕のようになって、真っ赤な顔のイズミを20メートルくらいの高さにまで持ち上げる。
ナディアの時と、全く同じだ。
「ハハハハハ! ほーら、口うるさい国語の教師さんへの特等席だぜ!
眺めが良くて最高だろ?
今、花を添えて――」
「ちょっと待ちなさい!」
イズミを見上げるユカリに向かって、審判員マイコが右手を突き出した。
「その爆裂魔法は、危険――」
「ああん? 危なくねえようにやるよ。
なんか、文句あんのか?」
「第一回戦で、相手に大怪我をさせました」
「あれは――あいつが暴れたから」
「暴れていません」
「証拠はあんのか!?
どこ見て言ってんだよ、ったくぅ!
魔法を出す側が、そーゆーの、一番わかってんだぜ!
あんたも魔女だから、わかんだろ!?
とにかく、手を抜いてんだから――前もそうだけどよ――やらせろよ!」
「怪我させたら、今度は、即失格です」
「失格上等!
やれるもんなら、やってみな!
ママが黙ってないぜ!」
「……怪我をさせないことを条件に、許可します」
「場がしらけたぜ。
見て見ろよ、お客さんを。
水掛け論も、大概にしろよな!」
「水掛け論ではなく、警告です」
「ここにも、国語の教師がいたか。
たまに高尚な言葉を使うとこれだ。
はああ……」
マイコは、周囲を一瞥し、ゆっくりと下がっていった。
それを確認したユカリは、気を取り直して、左手をイズミに向けて突き出す。
「しらけた分、倍増してやっからな。
どうなるかは――お前次第ってことで」
ニヤリと嗤うユカリが、左手に力を入れた。
すると、バレーボール大の輝く球体が、瞬く間にイズミを取り囲む。
ナディアの時の花火が見られるのか、と観客は歓声を上げた。
ところが、途中から、彼らは様子がおかしいことに気づく。
輝く球で全身を覆われたイズミが、さらにその上から球で覆われていくのだ。
輝く葡萄の房が、昨日の倍の大きさになった。
マイコは、血相を変え、黒ローブを翻しながら駆け寄る。
「待ちなさい!!」
「ああん? おせーよ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
地上に降りた太陽と見紛うほどの目映い光。
雷鳴のような大音響。
花を咲かせた千輪菊のはずが、大爆発の炎の玉となったのだ。
幸い、結界の中なので、被害は客席にまで及ばない。
だが、光と音は客席にも届き、観客全員の肝を冷やした。
結界内では、爆風が、仁王立ちのユカリを後方へ軽々と吹き飛ばす。
「う、うわっ!!!」
体格の良い彼女は、まるで大玉のように転がっていく。
こんなことは、滅多にない。
そもそも、試合で足以外の体が土につくなど、数えるほどしかなかったのだ。
無様な格好を人前で見せた彼女は、怒髪天を衝く憤怒の形相を爆心部へ向ける。
だが、その顔は、みるみるうちに驚愕の表情になった
「な、な、な、なんだ、ありゃあああああっ!?」
彼女は顔面蒼白となり、全身がワナワナと震え始めた。