36.分身の攻撃
ミヤビは、カナに突きつけた人差し指を動かさなかった。
この仕草が何かの暗示をかけていると思ったカナは、ミヤビを半眼で睨みつつ、彼女の指を左手で軽く払いのけた。
「それ以上、人に指を差すのは、失礼です」
「ありゃりゃー。ノリの悪い子にゃん。あっち向けほいのつもりにゃ」
「違うでしょ」
「ふふん。やっぱ、バレバレにゃ……。
しっかし、目をそらさず、真っ向勝負を挑むその態度。
素人のくせに、生意気にゃ。
腹立つぅ――けど、いちお、受けて立つにゃん」
ミヤビはそう言うと、カナへグイッと顔を近づけた。
「引き裂くには、惜しい相手にゃ」
彼女は、不気味な笑いを残して、スキップしながらカナの横を通っていく。
こぶしを堅く握るカナは、振り返らない。
突如、スタンドに巻き起こるミヤビコールが、ダグアウトの中の空気をも揺らす。
さらにこぶしを握りしめたカナは、イズミの熱い視線を背に受けながら、ミヤビの後を追った。
グラウンドの中心で、両者は10メートルの距離を置いて向かい合った。
そこへ近づいてきたのは、カナとスヴェトラーナとの試合で審判員を務めた人物。
カナは、一瞬、横へ目だけを向ける。
まさか、スヴェトラーナの敵をここで討つために、自分に不利な判定をしないだろうか。
彼女の猜疑心は、強くなる一方だった。
試合開始。
とその時、ミヤビが真横を向いた。
しかし、カナはその手に乗らない。
ミヤビは、ニヤニヤしながら正面へ向き直った。
「にゃあんだ。
前の試合と同じ手にひっかかるほど、ど阿呆じゃにゃいにゃ。
にゃら、始めるかにゃ。
――分身!」
ミヤビが略式の詠唱を行うと、彼女の右横に、寸分違わぬ容姿の人物が現れた。
髪の乱れ方や、服のしわまでそっくりに見える。
鏡がそこにあるかのようだ。
「準備運動にゃ」
ミヤビが左右のストレートパンチを繰り出すと、分身も、同期するかのように全く同じスピードでパンチを繰り出す。
目にもとまらぬ速さでジャブを連発すると、分身もそっくりの動きをする。
頭の高さまで足を上げての回し蹴りも、完璧に追随する。
ただし、さきほど「準備運動にゃ」と声を出したのは本人のみで、分身は無言である。
「ふふん。恐れ入ったという顔をしているにゃ。
これは、幻影魔法じゃにゃいから、安心しにゃ。
そっくりさんにゃ。
このそっくりさんが、今から攻撃するにゃ。
スタンドと呼ぶ奴もおるにゃ」
カナは、ミヤビがまだ攻撃してこない隙に、無詠唱で防御魔法と強化魔法を発動する。
昨夜、ミナから教わった秘伝の魔法だ。
これで彼女の肉体は、重い鎧を纏ったように剣でも傷つかず、さらに通常の3倍の速さで動ける状態になっていた。
明け方まで一人特訓し、ようやくこれを習得できたのだが、それをいきなり本番で使用するほど、彼女は度胸が据わっていたのである。
つい先日まで、おどおどして弱気だったカナは、もうここにはいない。
ミヤビは、首を傾げた。
すると、分身まで首を傾げる。
「おやー? 雰囲気が変わったにゃ。
……そっか! 大方、強化魔法でも使ったにゃ?
でも、このそっくりさん、そんにゃ魔法は――」
ミヤビが言い終わらないうちに、分身が矢のような速さでカナへ突進してきた。
だが、3メートルほど近づいたところで、フッと姿が消えた。
(後ろから来る!)
背中に殺気を感じたカナは、体を時計周りに少し回転させ、右腕をL字に曲げて頭を防御する。
その腕へ、背後に回った分身の回し蹴りが炸裂。
ズシリとくる衝撃に、カナはふらつくも、辛うじて耐えた。
まるで、拳法の演技でも見ているかのような動き。
しかし、カナは相手の動きが見えていたわけではない。
分身が練習で見せた回し蹴りが印象的だったことと、背後から一撃で倒すなら回し蹴り、という予想から導き出された結果だ。
分身の足が、視界から消えた。
あの回し蹴りからの接近戦はない。
分身は後ろ。
ならば、足蹴りが、角度を変えて繰り出される。
(次は、左!)
彼女の直感が、体を反時計周りに少し回転させる。
そして、左腕をL字に曲げ、頭を防御する。
そこへ、予想通りの回し蹴りが襲ってきた。
丸太で殴られるような強い衝撃。
身体を強化していなければ、腕の骨が折れていたかも知れない。
だが、カナは倒れなかった。
(反撃!)
カナは、時計回りに腰を回転しながら、右足を振って蹴りを入れる。
想定通り、そこに分身の右脇腹があった。
回し蹴りの直後で無防備なところへ、反撃の足蹴りがまともに入る。
ドスッという鈍い音がして、分身が少し膝を折った。
カナは、そこへ素速く前蹴りを繰り出す。
鈍い音がして、十分な手応えが足に伝わった。
蹴りを食らった分身は、体をくの字にして蹌踉めくも、倒れない。
(分身を倒しても、10カウントにならないはず!)
カナは、本体への攻撃に切り替えるため、後ろを振り向いた。
とその時、ミヤビが体をくの字からまっすぐに伸ばしているところが見えた。
謎が解けた時のような、爽快感が頭に広がる。
(わかった!)
カナは、ミヤビに向かって突進した。