33.一回戦終了
その後、トイレに行ったはずのカナが、なかなか戻ってこない。
心配になったリンとイズミが探しに行くと、通路の途中で、体育座りをしながら膝頭に額をつけている彼女を発見。
幾筋も涙が流れる彼女の頬を見たイズミは、何が起きたのか、すぐに想像できた。
「医務室へ行ったのね?」
「……」
「ナディアに会ったのね?」
「……会っていない」
「そっか。会えなかったのね」
「……うん」
「元気になったら、会えるわよ」
「ううん、会えないと思う」
「ここは冷えるから、向こうへ行かない?」
「……一人にさせて」
「行きましょう? ねっ?」
「一人にさせて。お願い」
「……わかった」
「ごめんなさい」
それから、カナがダグアウトへ戻ってきたのは、三試合目の終わり頃。
彼女は、グラウンドの方へ目を向けているが、心ここに在らずといった体で座っている。
リンは、長時間この世界に顕現できないので、後はイズミに任せて煙のように消えた。
イズミは、ソッとしておくのが得策と思って、一切声をかけなかった。
――何があったかは、想像できるが、詮索しないでおこう。
――相手から声をかけてくるのを待とう。
彼女は、横目でカナの様子を窺いつつ、他の選手の戦いぶりを観察して、分析結果を頭に叩き込んだ。
励ます時も、いつもならきつい一言を口にする彼女だが、この時ばかりはそれを封印した。
時々、声をかけてみる。
返事がなくても、返事を強要しない。
食堂での昼休憩は、肩を寄せ合うように着席して一緒に食事を取る。
世間話で気を紛らす。
気になる話題を振ってみる。
そのおかげで、カナは徐々に心を開いていった。
食事が終わる頃は、互いに冗談を言い合えるまでになっていた。
この時、イズミは気づいた。
カナへの接し方で、自分も少しずつ変わってきたことを。
硬い表情が、自然な表情になっていくことも。
素直に笑顔を見せられることも。
その後、一回戦の試合は盛り上がりを見せながら進んでいった。
予定の十六試合は、大きな時間延長もなく、無事に終了した。
ヤマト国の魔法少女は八名中五名が、それ以外の魔法少女は二十四名中十一名が勝ち残った。
ほぼ1対2の比率だが、もしこれがヤマト国八名、それ以外八名の1対1だったら、開催国優位の興ざめな大会になっていたに違いない。
たった三名の違いだが、これは大きかった。
翌日は二回戦八試合と準々決勝四試合が、翌々日は準決勝二試合と三位決定戦、決勝、そして上位四人によるエキシビションが行われる。
初日の全試合終了後、カナは意を決して、医務室に足を運んだ。
だが、ナディアもスヴェトラーナも姿はなかった。
白衣の女性の話によると、二人とも帰国の途についたとのことだった。
彼女は、ずり落ちる眼鏡を直しながら、伝言を口にした。
「来年、リベンジで参加するから、ヤマト国の言葉で『首を洗って待っていなさい』ですって」
「首を洗う?」
「単に、覚えていなさい、ってことよ」
「そうですか」
「首がどうのって、本気にしないの」
「わかっています」
そう言って微笑むカナを見て、イズミは安堵の胸をなで下ろした。