30.黒猫リン、召還
カナが詠唱を終えると、左肩付近にポフッと音がして、黒い煙が立ちこめた。
煙はスーッと凝縮し、灼眼の黒猫の姿になっていく。
リンの登場である。
「ふああああっ……。呼んだ?」
「また言ってる。呼んだんだから、ここにいるんでしょ!」
「ここは、どこ?」
「スタジアムのグラウンド」
「私は誰?」
「リンでしょ! ふざけないの!」
「なんで、あんたはここにいるの?」
「試合中!」
「試合? ふーん。頑張ってね」
「ありがとう――じゃなくって! あそこを見て!」
「ん? あそこって? ……ああ、あいつ? あんな格下の魔獣が、どうかしたの?」
「あいつは、雷撃魔法が利かない! 稲妻があの巨体を突き抜けてしまうの!」
「巨体? あれが?」
「これを見て!」
カナは、巨体を揺らすケルベロスに向けて稲妻を発射した。
だが、またもや、稲妻は体をすり抜けていく。
「はあっ!? あんた、どこ攻撃しているの?」
「えっ?」
「魔獣の遙か上の空気を攻撃しているじゃない」
「うそっ!? そんなはずないわよ! 体の真ん中を――」
「ばっかじゃない!? 普通の犬よりちょっと大きいサイズだから、狙うならもっと下。よく見なさいよ」
「象の大きさよ! リンこそ、よく見て!」
「あらあら、……まさかと思うけど、あの魔獣が象の大きさに見えているの?」
「うん」
「あれが、象の大きさねぇ。大型犬のサイズしかないのに……。
なるほど、そういうことね」
「どういうこと?」
「幻影魔法にかかったわね」
「げ、幻影魔法!?」
「こんな程度の低い魔法に引っかかっちゃってぇ……。まだまだ修行が足りないわよ」
「幻影魔法だったんだ……。ご、ごめんなさい」
「わかれば、よろしい」
「どっちが偉いんだか……」
「で、あの魔獣をやっつけたいの?」
「向こうにいる魔法少女も」
「ふーん。魔獣と、そいつを召還したご主人様を、同時にやっつければいいのね?」
「そうそう」
「じゃあ、火炎魔法で、まとめて消し炭に――」
「だめだめだめ! 気絶くらいに加減して!」
「あのねぇ……。あんたが雷撃魔法を使う時に『お願い! 痺れさせないで!』って言われたら、どうするの? それとおんなじなんだけど」
「そこをなんとか!」
「はいはい。このリン様がなんとかしましょう。よーく、目をかっぽじって――」
「かっぽじるのは耳の穴」
「じゃあ、目玉を取り出して、いざ刮目せよ!」
「できません!!」
リンはニヤリと笑い、宙に浮いたまま、両方の前足を高く上げた。
そうして、万歳の姿勢で詠唱を開始する。
「風の魔神よ、汝、その絶大なる力を我の前に示せ!
かの者どもの周りに風を集め、渦となり、
砂塵と、かの者どもを巻き上げ、竜のごとく天に昇れ!」
すると、ケルベロスとスヴェトラーナの周りに、突如として風が回りだした。
たちまち、それらは二つの竜巻となり、芝も土も吹き上げて、どんどん高くなっていく。
魔獣とその主人は、完全に飲み込まれ、宙に浮き、激しく回転した。
1分以上経過した後、リンは拍手の要領で、前足を軽くポンと合わせる。
これで、竜巻が嘘のように消滅。
空中で回転していたケルベロスとスヴェトラーナは、意識がないまま落下する。
そして、地上で弾みながら転がり、動かなくなった。
もう幻影魔法が解けたカナの目には、ケルベロスが大型犬のサイズに映っていたのは言うまでもない。
時間稼ぎのようにゆっくりスヴェトラーナへ近づく審判員に、観客はブーイングを浴びせる。
しかも、カウントまでゆっくりなので、観客が騒ぎ出した。
だが、そんな卑怯な手を使っても、スヴェトラーナはピクリともせず、10カウントを迎えた。
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「カ・ア・ナ!!! カ・ア・ナ!!! カ・ア・ナ!!! カ・ア・ナ!!!」
カナとリンは、爆発するような歓声とカナコールに包まれる中、ハイタッチをして勝利を喜んだ。