29.空中戦
再び、カナの右手の先に、突風の時と同じ金色の魔方陣が出現する。
そこから、飛び出したのは、今度はバレーボール大の赤く燃える球体。
彼女は、さらに詠唱を続ける。
「――防御!!」
略式の詠唱に呼応して、金色の魔方陣が直径3メートルに急拡大。
この魔方陣が、爆風から身を守る防御壁なのだ。
一方、発射された球体は、上昇する氷の槍の束に突入する。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
腹に響く爆発音。
膨れ上がる炎と白煙。
一瞬にして、全ての氷の槍が粉々に砕け散った。
無数の破片が、スタジアムの照明光を乱反射する。
それらは、まるで枝垂れ柳の花火のように、下へ丸く緩やかに軌跡を描いていった。
爆風を魔方陣で防いだカナは、反動で上昇する。
無謀とも思える迎撃と、とっさの防御。
十三歳の少女が魅せる爆裂魔法の技に、スタジアムがどよめいた。
カナは、槍を全て破壊しても気を緩めず、もうもうと立ちこめる白煙の向こうにスヴェトラーナの姿を探した。
(もう一度、槍の魔法を使うはず。
ただ、向こうも私の姿が見えないので、すぐには狙ってこないわ)
試合前とはまるで違う、冷静さを失わないカナ。
弱気だった彼女は、試合を通じて確実に心が鍛えられ、強くなっている。
煙幕のような白煙は、すぐには消えない。
そんな中、浮遊しながら斜め下の方向を注視していたカナは、大きくなるざわめきと悲鳴が耳に飛び込んできた。
観客が騒々しい。
槍の第二陣?
でも、煙の向こうに、その気配はない。
(まさか!? 空中戦!?)
視線を頭上に向けたカナは、背筋が凍った。
雲のようにたなびく白煙の向こうに、上昇するたくさんの青白い魔方陣。
すでに魔方陣の中心から、姿を現している氷の槍。
スヴェトラーナの頭は、まだ見えていないが、もうすぐのはずだ。
今、地面と平行に体を向けて浮遊しているカナは、この体勢で魔法を使うことに迷いはなかった。
スヴェトラーナと向き合うために、体を90度回転させている余裕はない。
相手は、すでに槍の発射準備を完了しているし、目が合ったら、発射するはず。
カナは、防御壁の魔方陣をいったん解除した。
そして、上昇中のスヴェトラーナの体があるであろう位置を追うように、右手を少しずつ持ち上げる。
頭が出てきた時が、チャンス。
目が合う前に攻撃だ。
心臓の鼓動が喉の奥から響いてくる。
冷や汗が流れる。
数秒のはずが、何倍にも長く感じる。
上昇する右腕が震える。
ついに、白煙の向こうに、ライトブルーの髪がせり上がってきた。
「――稲妻!!」
カナの詠唱で、右手の先に、小ぶりの大きさの白色に輝く魔方陣が出現。
同時に、小さめで横向きの稲妻が白煙を突き刺した。
煙の向こうから聞こえてくる、耳をつんざく悲鳴。
サッと沈んだ頭。
一斉に光の粒となって消えていく青白い魔方陣。
(やった!!
……でも、大丈夫かしら?)
雷撃魔法は、カナの十八番で、素速く繰り出せて威力もある。
だが、生身の相手には非常に危険なので、手加減をする必要がある。
弱めでも、相手の戦意を失うには十分。
だから、魔方陣も小ぶりで、稲妻も小さめだったのだ。
カナは、薄れていく白煙を掻き分けるように下降し、地上を目指す。
すると、スヴェトラーナが左手で右腕を押さえながら、同じように下降しているのが見えてきた。
体の中心を外すように稲妻を繰り出したのだが、右腕だけで済んだらしい。
これは、狙い通り。
後は、相手が戦意喪失でギブアップするのを待つだけ。
スヴェトラーナが、膝のクッションを使ってふわりと着地した。
続いて、彼女の背中を見ながら、カナも同じように着地。
二人の距離は、15メートルほど。
彼女達は、肩で息をしつつ、そのまま立ち尽くす。
ふと、スヴェトラーナが左手を高く上げた。
そして、右手をだらんとさせたまま、後ろを振り向く。
ギブアップのポーズか?
ところが、彼女は不敵な笑いを浮かべつつ、何かを詠唱している。
(来る!!)
カナは、直感的に後方へ10メートルほど跳んだ。
ほぼ同時に、先ほどまで立っていた彼女の位置に、直径2メートルの青白く輝く魔方陣が出現した。
そこに描かれた美しい文様と、ちりばめられた古代文字が回転する。
すると、魔方陣の周囲に沿って、2メートルを超す円柱状の光の壁が持ち上がる。
ナディアの時と同じだ。
観客は、再び感嘆の声を上げる。
そうして、誰もが、召還される魔獣を期待する。
しかし、カナだけは、ビリビリと感じる強い魔力に、警戒を強めた。
持ち上がった光の壁が下がり始めると、中から現れたのは、全身が青白く光る犬のような魔獣。
三つの頭を持ち、尻尾が蛇だ。
ケルベロスである。
しかも、そいつの体はムクムクと大きくなり、インド象くらいの大きさになった。
「――稲妻!!」
カナは、今度は手加減をせず、巨体へ強めの稲妻をお見舞いする。
だが、不思議なことに、稲妻は魔獣の体を突き抜けるだけ。
彼女は、続けて二発繰り出したが、全て突き抜けた。
光る魔獣は、嘲笑うように首を振り、咆哮して威嚇する。
(こういうときは――!)
カナは、魔獣を睨み付けて、大きく息を吸った。
そうして、力強く詠唱する。
略式ではなく、正式に。
「賢者の石を守護する気高き番人よ、類い希なる聖剣の遣い手よ、
汝、契約に従て馳せ参じ、我が下に顕現せよ!」