28.追尾する無数の槍
カナの右手の先に、金色に光り輝く魔方陣が出現した。
それは、直径1メートルの円形で、文様と古代文字が複雑に配置されたもの。
眼前に迫るスヴェトラーナの魔方陣よりも、倍以上の大きさだ。
ため息が出るほど精緻を極めた魔方陣が、目映いばかりに輝きを増した。
その瞬間――、
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
大音量を伴って、魔方陣から強烈な突風が吹き出した。
それは、横から見ると後ろの景色が揺らいで見えるほど激しいもの。
吹き出す反動が大きいらしく、カナの右腕が小刻みに震えている。
情け容赦のない強風をまともに食らったスヴェトラーナは、煽られて急上昇する。
まるで、干し物竿から飛ばされた服のようだ。
そのまま彼女は、結界の天井に激突。
まだ吹き荒れる風を全身に浴びて、天井に張り付いた状態になった。
口の中に入り込む風で膨らむ頬。
風圧で体に密着する衣服。
苦悶で歪む顔。
しばらくして、風の拷問が収まった。
すると、押さえつける物がないスヴェトラーナは、ぐったりした状態で自由落下を始めた。
会場内で、ワアアアアアッと悲鳴のボルテージが上がっていく。
だが、その声で意識を取り戻した彼女は、慌てて両手両足を広げ、体を地面と平行の位置に保った。
そして、まるでムササビのごとく、空中を滑るように飛んでいく。
軽く旋回して彼女が地面に下り立った時は、スタジアムに拍手が巻き起こった。
(飛翔魔法の遣い手ね。
でも、……空中戦なら負けないわよ)
カナは、仰向けに寝た状態からネックスプリングで立ち上がると、会場が大いに沸いた。
ボクシングあり、魔法あり、こんな曲芸あり。
めまぐるしい展開に、客席の全員が身を乗り出していく。
二人は、20メートルほどの距離を置いて向かい合う。
先に動くのは誰か。
観客が拳を握り、固唾を呑む。
とその時、スヴェトラーナが両手を挙げて長い詠唱を始めた。
すると、彼女の周囲に、白く輝く魔方陣が一つ、また一つと出現し、カナの方に美しい文様と古代文字を見せる。
ナディアの魔法と似ているが、こちらは魔方陣がどんどん増えていく。
あれよあれよといううちに、魔方陣が四十個も現れ、一斉に回転を始めた。
まるで、スヴェトラーナがクジャクの羽を広げたかのよう。
誰もが、その美しい光景に目を奪われ、感嘆する。
だが、全ての魔方陣の中から、ゆっくりと氷の槍が現れた時には、それが恐怖の感情に置き換わった。
まず、半分の二十本の槍が、カナをめがけて飛び出した。
長さ2メートルの槍が、冷たい光の軌跡を描きながら、突進する。
カナは、右腕を突き出して左手で右肘をつかむ構えで、金色の魔方陣を出現させる。
ところが、槍は、その丸い盾のような魔方陣を回避。
風音を残して、彼女の左右を次々と通り過ぎる。
(避けた!?
ということは、後ろから来る!?)
背後へ振り返ったカナは、槍が急旋回して、自分のところへ向かおうとしているのを確認。
(でも、残りの槍は?
もしかして、挟み撃ち!?)
正面へ向き直ったカナは、残りの二十本が飛び出すのを確認した。
見事に予感的中。
カナは、膝を深く曲げ、飛翔魔法を使って垂直方向に高く飛んだ。
ぐんぐん上昇するカナを、全ての槍が追尾する。
キラキラ光る槍の軌跡は、まるで、噴水でも見ているかのよう。
スタジアムの高さに結界の天井があるので、上昇の追いかけっこには限界がある。
当然それに気づいているカナは、減速を開始する。
そこへ槍が急接近。
だが、カナは慌てず、減速しつつ体を90度曲げて地面と平行になり、右腕を突き出した。
そこへ左手を右肘に添えて、略式の詠唱をする。
「――爆破!!」