27.開始直後の不意打ち
スヴェトラーナが、右手の人差し指をカナの顔へ向けながら接近する。
その指をしきりに突き出して、何やらわめき散らしているが、ルシー語を知らないカナは、片言もわからない。
だが、罵りや挑発であろうことは、彼女の仕草や表情から容易に想像できた。
(こんな相手では、フェアプレイは期待できないわ。
卑怯な手を使ってくる可能性がある。
暴力も覚悟しないと)
ついにカナの鼻先に指が届くほど接近したスヴェトラーナは、罵声を浴びせ続ける。
観客は、まるで自分たちがそれを受けているかのように腹を立て、ブーイングで応酬した。
こんなに長く、罵詈雑言が尽きないものなのか。
理解できないカナは、ただただ睨み返す。
とその時、審判員がスヴェトラーナに声をかけた。
選手らしからぬ態度への忠告かと思いきや、そうではなかった。
二人がにこやかに笑い出し、何やら親しげに会話を始めるではないか。
カナは、罵声の時は言葉が通じなくて良かったと思っていたが、この時ばかりは通じないことが恨めしかった。
(おそらく、あの二人、同国人だわ。
審判員の中に、ルシー王国出身の人がいるって聞いたし。
ユカリさんの時、お母様は審判員でも、あんなことはしなかった。
……何か、イヤな予感がする。
判定をひいきしないかしら?)
とその時、談笑を終えたスヴェトラーナが、ゆっくり後ずさりを始めた。
もう罵倒は来ないと思ったカナは、ホッとして気が緩む。
だが、それは審判員ぐるみの計略だったのだ。
スヴェトラーナが、カナから3メートルほど離れた。
彼女はそこで足を止め、ふと、真横へよそ見をする。
その視線の先が気になるカナは、同じ方向へ目を向けた。
とその時、審判員がいきなり試合開始を宣言。
続いて、横を向いたままのカナは、みぞおちに強烈な痛みを感じた。
痛みは脳天を突き抜け、息が止まる。
間髪入れず、左頬に堅い拳がめり込む。
首が大きく揺れる。
次は右頬に。
また大きく揺れる。
不意打ちだ。
よそ見をしたところを襲われた。
防御魔法を展開する暇がなかった。
生身の体で、まともに拳の攻撃を食らっている。
この、骨が折れるのではないかと思えるパンチ力は、魔法で拳を強化しているからに違いない。
いつの間に強化魔法を展開したのか。
もう一度、左頬。そして、右頬。
またもや、首が大きく揺れる。
痛みで気を失いそうだ。
口の中で鉄の味がする。
このままでは、完全にサンドバッグ状態。
カナは拳の嵐を交わすため、体を後へずらす。
しかし、足がもつれてしまった。
後ろ向きに倒れ込むカナは、顎付近を拳がかすめるのを感じた。
スローモーションで倒れていくような不思議な感覚。
尻、背中、後頭部が芝の上で弾む。
(えっ? もう……倒されたの?)
全身の痛みで、意識がもうろうとしてきたカナ。
だが、観客の声援が勇気をくれる。
それで、気を失うことは避けられた。
とその時、霞む視界に、空から人が降ってくるのが飛び込んできた。
ドロップキックの体勢で接近してくるスヴェトラーナだ。
足の裏に、輝く魔方陣が見える。
力を振り絞ったカナは、右手のひらを相手に向かって突き出し、左手で右肘をつかんだ。
そして、略式の詠唱をする。
「――突風!!」