26.緊張の極致
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「カ・ア・ナ!!! カ・ア・ナ!!! カ・ア・ナ!!! カ・ア・ナ!!!」
スタジアムに、割れんばかりの声援とカナコールが巻き起こった。
心臓が飛び上がったカナは、少し首をすくめる。
大人数の声で空気が振動するだけで、こうも圧倒されるのか。
初めてグラウンドに立った時も、この大波を被ったが、今度は状況が違う。
横にはイズミがいない。
ひとりぼっちだ。
恥ずかしいこと、この上ない。
その姿が、大型スクリーンにアップで映し出される。
手足を動かすと、全く同じに動く。
拡大された自分が、そこにいる。
当たり前だが、不思議な感覚。
今、戸惑いを隠せない自分は、猫背に近い。
手足が、指先まで痺れてきた。
そのせいか、動きもぎこちない。
これでは、弱気が体からにじみ出ている。
しかも、この映像が声援と一緒に、世界中へ配信されているのだ。
(雰囲気に飲まれては駄目!)
カナは、両頬を叩いて、活を入れる。
そして、胸を反らし、両手を挙げた。
歩きながら、笑顔で声援に応える。
ガッツポーズも取ってみた。
そして、他人を見るように、大型スクリーンに映る姿を見上げる。
そこには、普段の自分ではない自分がいる。
すると、演技することの恥ずかしさが、心の中から溢れてきた。
急速に全身がこわばり、痺れが増す。
声援は続いているのだが、サーッと遠のいていく。
代わりに、耳の中で「なに、あいつ」「調子に乗って」という幻聴が聞こえてきた。
体が、後ろから引っ張られるような感覚に襲われる。
(そっか……。
こうやって、自滅するんだ……。
何やってんの、自分!
頑張れ、自分!
絶対に負けないで!)
カナは、拳をググッと握りしめる。
「よしっ!!」
わざと気合いの声を上げてみる。
それが、小さなガッツポーズにつながった。
すると、会場がまた大いに沸いた。
聴覚が戻った。
声援が、彼女の心を洗い流した。
すっかり立ち直ったカナは、グラウンドの中央付近に立った。
そこへ、黒いローブ姿の別の審判員が歩いてきた。
さすがに、親子でここには立てないからだ。
審判員は、碧眼の外国人。
片言のヤマト国の言葉で、今いる位置で待機するように指示をした。
スヴェトラーナを待つカナは、今度は、別の緊張感に襲われる。
おそらく、ヤマト国の魔法少女への復讐とか何とか言って、挑発してくるはず。
幸い、ヘッドセットをイズミに預けてきたので、言葉は通じないからいいが、態度で表すだろう。
何としてでも勝つために、卑怯な手を使ってくるに違いない。
そう思うだけで、心臓の鼓動がドクンドクンと耳にまで達してきた。
とその時、スタジアムはざわめきに包まれた。
スヴェトラーナが、一向に姿を見せないのだ。
場内放送もないので、状況がわからない。
彼女は、つきっきりなのか。
ナディアは、そんなに重傷なのか。
カナの不安感が、液体温度計のようにぐんぐんと上昇する。
それから待つこと2分あまり。
カナはもちろん、観客も、これほど時間が長く感じられたことはなかった。
ようやく、スヴェトラーナが出入り口から現れる。
ざわめきの中に混じるまばらな拍手は、おそらく、ルシー王国の応援団のもの。
近づくスヴェトラーナは、険しい表情を見せる。
あれは、復讐心に燃える冷酷な目つき。
指の関節をボキボキ鳴らすような仕草。
肩を怒らせて、大股で歩いてくる。
フェアプレーで試合に臨む選手とは思えない。
明らかに、喧嘩腰だ。
カナは、激闘を覚悟した。