25.反則行為
イズミは、カナの問いには答えない。
代わりに、左手でカナの手首をつかんだまま、右手で自分のヘッドセットとカナのヘッドセットを外した。
彼女の意図は、すぐにわかった。
カナは、イズミの方に右耳を向ける。
そこにイズミの口が近づく。
「ナディアのそばに行っては駄目」
「どうして?」
「あなたは、今の状況で、自分の行動が他人の目にどう映るかを考えていない」
「でも――」
「スタジアムだけじゃなくて、世界中が中継で見ているのよ!」
「……」
「ほら、スクリーンを見て。
今は、全世界があの映像を見ているから。
わかるわよね?
あなたは、あそこに割り込もうとしたのよ!」
小声だが、語気を荒げたイズミ。
スクリーンを見上げるカナ。
みるみる彼女の頬を伝う涙が、ミニスカートを濡らす。
ダグアウトから見えるスクリーンは、スヴェトラーナの大写しだった。
彼女は涙を流しながら、ナディアを抱き上げて頬ずりをする。
そして、しきりに何かを語りかけている。
アンドロイドの救護班の差し出す手を振り払う。
肩を揺すって泣きじゃくる。
しばらくして、スヴェトラーナは自らナディアを担架に乗せ、救護班と一緒にグラウンドを去った。
その途中で、スヴェトラーナが、カナのいるダグアウトの方へ、敵意に満ちた視線を向けたように見えた。
一部始終を目で追ったカナは、左手で涙を拭きながらイズミの方へ振り向いた。
「ありがとう。もう手を離していいわ」
「あっ、ごめんなさい。……あら、もう呼びに来たみたいね」
ダグアウトを覗き込んだアンドロイドのスタッフが、カナの名前を呼んでいる。
第二試合の出場者の呼び出しだ。
「うん。行ってくる」
「気をつけてね」
「ありがとう。
そういえば、ナディアに聞いたけど、スヴェトラーナは幻影魔法を使うらしいから、気をつける――」
「ちょっと待って。それは変よ」
「変?」
「そう。事前に、試合で使う魔法を大会委員会に登録するのは知っているわよね?
悪意のある危険な魔法を使用させないために」
「ええ」
「大会委員会から公開されている情報では、幻影魔法を使うのは、今回四人しかいない。
そこに、スヴェトラーナなんて名前はないわよ」
「!!」
「ちゃんと、今回の出場選手のプロフィールを調べていないの?」
「ごめんなさい……」
「私と決勝戦で当たる予定のあなたが、そんなことじゃ……」
「ごめん――」
「何度も謝らない。
なら、これも知らない可能性があるから言うけれど、魔法に悪意があろうとなかろうと、登録外の魔法の使用は反則。
もしも使えるとして、スヴェトラーナが反則を犯してまで、幻影魔法を使うと思う?」
「……」
「はっきり言って、騙されている。
目を覚まして!」
(ナディアが騙した?
なぜ? どうして?
何のために?)
狼狽するカナ。
(騙していないとしたら、うっかり口が滑った?
スヴェトラーナは、本当に反則を犯さない?
勝つために手段を選ばないのでは?)
動かないカナへ、アンドロイドのスタッフが、しきりに声をかけている。
「ほら、呼んでいるわよ。
とにかく、幻影魔法が心配なら、それを相手が使ったところで抗議しなさい。
反則で即試合終了なんだから。
卑怯な相手でも、冷静を保つのよ。
いいわね?」
(そうか! それだ!)
イズミの言葉に、カナは迷いが吹っ切れた。
そして、無言で頷き、ダグアウトを飛び出した。