22.鎖と剣
足を大きく広げたナディアが、右手をグンと高く上げる。
五本の指が、頭上で何かを握るように、筒状に曲げられた。
すると、その筒の中から、光の粒が集まった物が現れて、長く伸びていく。
「フン。ロングソードかよ」
ユカリの言葉に、ナディアはニヤリとする。
密集を始めた光は、フォルシオンに似た、幅の広い太刀になった。
鏡面のような刀身が、息を飲む聴衆の姿を映し、照明を反射して光輝く。
それを一瞥して肩をすくめるユカリは、ため息をついた。
「去年の決勝戦で、剣をブンブン振り回して負けた蜂乗マコトとかいう能なしがいたが、そいつの真似かい。
縁起でもない。やめときな」
そう漏らす彼女の顔へ、ナディアが太刀の切っ先をビシッと向けた。
「やめときなって、言ってんのに。馬鹿か、お前。
……仕方ねーな。
なら、剣で勝負、と行きたいところだが――」
短く詠唱したユカリが、空中から黒光りする太い鎖を出現させて、両手でがっしりとつかむ。
両端が、芝生の上にジャラリと重い音を立て、渦巻き状に丸くなった。
口角をつり上げる彼女は、顔の前でたわむ鎖を、真一文字に引っ張る。
「今年は、この鎖で行こうか。
観客に、おんなじ戦いを見せたとなると、金返せ、と言われるからな」
とその時、ナディアが猛ダッシュを開始。
途中から地面を蹴って、太刀を大きく振りかぶった彼女は、低めの放物線を描きながら跳躍する。
10メートル以上の間合いを一気に詰めて、力強く剣を振り下ろした。
ユカリの頭上で冷たく光る刃。
空気を切り裂く音が迫る。
だが、一歩も動かないユカリは、ピンと張った鎖を持ち上げただけ。
キイイイイイン!!
甲高い悲鳴のような金属音。
剣と鎖との摩擦で飛び散る火花。
剣士の頭上へ弾き返される太刀。
間髪入れず、右上から袈裟懸けに太刀が振り下ろされる。
だが、黒い剣が真横になったような鎖は、ビクともしない。
返す刃は、左上から袈裟懸けに。
これも鎖が受け止める。
目をむくナディア。
嗤うユカリ。
目にもとまらぬ速さの剣が、横向きの8の字の銀閃を描く。
黒い鎖の中心で、火花が散る。
美しい剣戟の展開に、観客は息を飲む。
意表を突いて、右から左へ真横に太刀が襲う。
だが、瞬時に縦方向に向けられた鎖が、難なく防ぐ。
筋肉の動きと眼球の動きが、完全に読まれているようだ。
今度は、つばぜり合いに持ち込んだナディア。
体重を乗せて、太刀で鎖をグイグイと押す。
彼女の顔が、みるみる赤鬼のようになる。
だが、先ほどからユカリは、一歩も動いていない。
剣を振り回すやんちゃな幼子相手に、全力を出せるかとでも言いたそう。
笑いを堪えていた彼女が、ついに吹き出す。
「ばーか! がら空きだぜ! この、ど素人が!」
ユカリの右足が、ナディアのみぞおちを狙う。
瞬時に展開された輝く魔方陣が、腹の前に出現。
続いて、靴底で強く深く蹴り込む。
丸太で腹をど突いたような鈍い音。
短い呻き声を上げたナディアは、体をくの字に曲げた。
その体勢で地面と平行に、万有引力の法則に逆らつつ、後ろへ飛ばされる。
そして、太刀を出現させた位置を遙かに超え、結界の壁に激突した。